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三日目、ちょうど瀬戸内に浮かぶ島々(直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、高松港周辺)で、瀬戸内国際芸術祭(モダンアート)が展開されていると言うことで、倉敷からバスとローカル線、そしてフェリーを乗り継いで直島へ。



ど田舎と言っちゃ何だが、こんな地方の片田舎に草間弥生のカボチャシリーズが妙に馴染んでいる。いわゆるモダンアートなるものも、もはや古典となりつつあると言うことか。。






















↑↑これはバラックではありません;;れっきとした作品であります。日本の現代美術作家のなかで、僕が一番好きな大竹伸朗の作品であります。元歯医者さんのお宅を改造したそうです。彼ならもっと面白く密度高く出来たと思います。駄作でした。



彼の名誉のために、僕の大好きな作品、大竹伸朗の傑作中の傑作「網膜シリーズ」より二点を............↓↓

「網膜#1(白ナイル)」










「網膜#29(DNA の影 Ⅲ)」
直島には、元福武書店、現在のベネッセコーポレーションが運営するベネッセアートサイト直島というモダンアートを紹介展示する空間がある。地方ということもあり、展示空間は広くゆったりとしていて作品をノンビリ眺められるところが好いい。でも、如何にせん作品数が少ない。ここ瀬戸内まで来たのだから、もっと食傷気味になるほど現代美術が観たかったというのが本音だ。



ベネッセアートミュージアムには、’60~’80年代の現代美術を中心に展示がされているが、作品数が少ないので、まるで安藤忠雄の建築作品展示の呈をなしている。お約束の”打ちっ放し”の建物は、他の作品同様「古典」として、そこに君臨している。














地中カフェのサンドイッチ
地中カフェ(地中海ではない)のメニューは全てお洒落だ。エコを考えた器は紙で出来ていて、この空間全てに理想的な未来を含もうとする神経が通っている。その点が、いい意味でのコンテンポラリーだ。

























(地中カフェからの瀬戸内)
お腹も落ち着いたので李 禹煥美術館へ...............







































 
つくづく自分は、日本人だな~と李 禹煥の作品を見て思う。

李を代表とする、いわゆる「もの派」と呼ばれた作品群を前にすると、他の現代美術とは違った静かな落ち着きを取り戻す。それは、現代美術がもつ意外性や挑発が、欧米の視座とは明らかに位相を変えて表出しているからだ。



僕の持論は、「”もの派”は、ミニマルアートの日本的解釈」としている。欧米のミニマルアートが、「もの」そのものに向かうとき、それは”もの”を最小単位へと分解する指向性をもつ。色で言えば単色、形で言えば正方形や立方体へと収斂する。


しかし、ミニマルというコンセプトを日本的に解釈すると、「ものそのものに向かう」とは、欧米のように物質や概念の最小単位へと還元するのではなく、”自然”に還る、つまり、自然石や土、そして水などに還元する指向性をもつ。最小単位が物質や概念ではなく”自然”そのものなので、李の作品に見るように、鉄が錆びてゆく様そのものも、実は重要な作品の一部になる。


残念がら、この美術館は、この点が美術品の恒久保存というところに展示の力点が置かれているため、鉄板は塗料でコーティングされ、その点が工芸的に見えてしまっているところが惜しい。しかし、欧米のように表現という人為が、自然と厳しく対峙するのではなく、李の作品は、正しく自然に溶け込んでいる様が、僕ら日本人には、日本庭園や盆栽を観ている様に近い。















































李 禹煥は、韓国出身の作家だが、彼が表現の舞台として日本を選ばなかったなら現在のような表現も評価もなかったと思う。その意味で彼の表現は、アジア的であるとともに極めて日本的に見える。



30年以上前、日本現代美術のパイオニア斉藤義重さんの制作を手伝ったことがあった。当時としては破格の日当(¥5,500)を頂いて東京画廊での個展が、木材を使うものだったこともあり、その加工などを含む工作は、とても勉強になった。その個展のオープニングで、僕は初めて李 禹煥に出会い言葉を交わした。とても気さくな方で、当時多摩美の教授をなさっていたように記憶している。矢継ぎ早に質問する僕に、斉藤義重さんの個展と言うことに気遣い「今度ゆっくり遊びに来て下さい」と、鎌倉は十二所のお宅にお邪魔するチャンスをもらったが、当時悪友と株式会社を起こし、その運営に汲々としていて、結局、李さんと話す機会を逃してしまった。
 
モダンアートと称して展示されている作品に囲まれている自分は、何とも心地好いのだが、それは、もはや現代美術なるものが、必ずしもコンテンポラリーな表現を体現しているからではなく、一つのジャンルとして市民権を得たことによるものだと思う。このところ、地方でのモダンアートの展示が企画されることが珍しくなくなったということも、そういった事情によるところが大きいのでは。。東京という”中央”から遠く離れて地方に行き着くことで、現代美術は、謂わば「上がり」となり、”現代美術”という古典として、これからも広く世の隅々まで波及し続けるのだろう。


 つづく
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