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essay +column+
2009 & 2010 Today's image index
  先回の続きです。。


人間は時間意識があるから高等で、それがない、あるいは少ないと思われるチンパンジーは高等でないということにはならない。ただ創造性に時間意識は大きく関与していると思われるということは、どうやら確かなようだ。恐らく彼らが、人間より「いまここ」の切迫感が強いということから、時間の幅を持つことが、人間に比べてあまり有用ではないのではと思われる。



・・・・となると表現=創造性が、あるイリュージョン(幻想性)によって成り立つと考えられることから導き出される、「いまここ」という時空間の、ある点からの隔たりを想起すること、つまり「ここにない」ものを見ることが創造性の本質だとすると、どうしても時間の観念が創造性には深く関与することになると考えざるを得ない。



チンパンジーと人の何処に違いがあるのかというテーマが、即ち「人間とは何か」という問いの答えになる。そして、どうやら「創造性」の解明に、その鍵が潜んでいると思われる。ついうっかりこのテーマに触れてしまったが為に、「迂闊なことは言えないぞ」というプレッシャーが掛かってきて確かな資料を参照することになり更新が遅れてしまう。でも、ものを作るという立場にある者にとっては、このことはある意味避けて通れない(そう思っているのは、僕だけかも知れませんが;;)
 
五霊神社 pm 0:24
 
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essay +column+
2009 & 2010 Today's image index
  もう、この歳では、重すぎて難解な『心的現象論序説』(吉本隆明著)を読むことはないと決め込んできたが、どうして若いとき以上に深く読み返している自分がいる。そして三十年前には気付くことが出来なかった重要な指摘にも出会ったりする。これにはちょっと驚いている。

若いときは、分らないことがあることが嫌で、難解で、あまり達者とは思えない言い回しのこの著作を執拗に追いかけた。そして、その読み応えから、大きな充足感と安堵をもらった。今回も「創造性」と「時間」という、人とチンパンジーを峻別する事柄を前に、この著作が頼りがいのある手引き書になってくれている。



「創造性」(=想像性でもいい)をいま吉本さんの言葉で「心像(イメージ)」と言い換えて考察すると、これは目の前に視えているものではないので、幻視とは言わないまでも、ある幻想性(イリュージョン)によって現れ出る事象といえる。それは、手で触れたり、眼で確認したりすることは出来ないが、厳然として「ある」という了解が成立している。
 
チンパンジー コンゴの絵
    想像するということが、人間特有の営為だとすると、その想像している「もの」は、目の前にあって知覚できるものではない。ということは、「それらしきもの」として概念化(一般化)しているということになる。
 メルロウ・ポンティは、『眼と精神』のなかで、つぎのように<心像>を説明している。


・・・・・われわれはみな、心像(イマージュ)が感覚された物のように観察可能だと信じていますが、いざそれを観察してみようとするとそれができないことに気づきます。アランが言ったとおり、心像(イマージュ)としてのパンテオンの円柱は数えられません・・・・・・・・・・・
 <不在なもの>を具現化させ降臨させるばあい、普通は不在な対象の<
相似体(アナロゴン)>の役をつとめるようなある要素を知覚からかりてきて、それに助けをもとめます。
 
  心像(イメージ)とは、実際には意識全体の作業であって、単なる意識内容ではないということ・・・・

想像すると言うことは、不在な対象との或る関係の様式を設定することだ、ということにもう気づかれたこととおもいます。
 
   
  僕は、メルロウ・ポンティと吉本理論を同時に並行して読み込んだので、メルロウ・ポンティの表現がとても素直で読みやすかった記憶がありますし、今もそう思います。でも、いくら難解でも日本語でないと伝わりにくいニュアンスの事柄がどうしても出て来ます。そして、外国からの最も新しい理論を翻訳したものでは、深く理解出来ない事柄が出て来ます。その場合、日本語を駆使して外国からの輸入(密輸?)理論でない思想が欲しくなります。その間隙を突いてくれたのが吉本理論でした。



上で ↑ 述べられた、メルロウ・ポンティと同じ内容のことを吉本さんは、つぎのように言っています。


だれでも<心像>を(視覚)に類比したくなるのは、それが形像をともなうからである。けれど<心像>にともなう形像は、知覚から借りられたものではない・・・・・・・



ここでいう、<心像>にともなう形像 とは、つまり概念ということになります。そして、この概念を想起させるには、どうしても、そこに「時間」が介在します。それも、自在に伸縮する幅を持った時間です。ここが、チンパンジーにはない時間意識だと思います。
 
 
タイの象ノン・バンが描いた絵
 
  そして、皮肉にも概念を形作るのには、時間に自在な伸縮性をもたせることが必要だが、しかし個体としての人間だけを深く掘り下げても何も見えてこない。それは、その訳が個体としての人間を離れたところに起因するからだ。

松沢教授が言うように、一つの肉体をもった個体としての人間を探求してゆくと、驚くことにその特性が、個体を離れたところにあることが分かるという。それは、学習を支えるのは、反覆する教育という、人から人へ共通した概念を伝える行為によるという、類としての人間の社会性によるところから来ているという事実だ。これを文化と言い換えてもいい。この点が、決定的にチンパンジーとの違いになる。つまり、過去から未来に渡る伸縮性のある時間意識をもたないと、学習によって獲得したリソースを教育を通して類としての人間に伝えることはできない。



想像性を支える因子に、美とはなにか、そして、美しいと感じる肉体をもった個体としての人間、加えてその社会を深く認識しなければならないと察知し、吉本さんは、その三大著書(「言語にとって美とはなにか」、「心的現象論序説」、「共同幻想論」)を書いた。



人間の本質が、その想像性にあるとしたならば、吉本理論の三大著書の視点がどうしても必要になる。そして、松沢教授によると、今の若い研究者は、アイやその他のチンパンジーを個別に研究するのではなく、複数のチンパンジーの関係性からみえることに、その視点が移ってきているという。これは、チンパンジーを研究する上で、彼らの集団を研究対象とする謂わばチンパンジー社会の共同幻想論が必要になってきていると言う証だと思う。とても自然な流れだ。
 
 
千里敬愛幼稚園の描画........年少 「イチゴ」
  
 今回は、直球勝負で分りづらい堅い言葉に溢れてしまいましたが、ご勘弁を。

当初分かり易い言葉を使って「時間」を説明しようと思いましたが、もの凄く長くなりそうで、あっさり諦めました。もうちょっと我慢して読み進んで下さるとありがたいです。
僕らは普段、時間と空間をまったく別のものとして扱っているが、最先端の物理学によると同じ事象を視座を変えたときに見える風景を、それぞれ喩えて時間と呼んだり、空間と呼んだりしていると言うことらしい。

たとえば、A地点から離れたB地点に視点を移していくとき、これを空間の移動としてみると空間の事象となるが、それを確かめるには、AからBへと時間を刻みながら空間を移動する必要がある。なので同じ事象を、時間の空間化とも考えられる。なので、それぞれ別の説明の仕方をしているに過ぎないとも言える。つまり、時間の空間化ともいえるし、あるいは空間の時間化ともいえてしまう。

チンパンジーと人との違いは、このどちらに力点を於いて生きているかにあるのではないかと直感しています。生きる上で、空間化度が強いのがチンパンジーで、時間化度が強いのが人間という具合に。なぜ違った力点を選んだのかは、その道の専門家ではないので分りませんが、もしかすると、きっかけは偶然で単純なことだったのでは・・・と思ったりしています。それはちょうど、或る地域のチンパンジーは、道具を使えるが、別の地域では道具を使えない、あるいは使う必要に迫られていないということと同じように。


生きてゆく環境が、どうしても時間を伸縮する必要があったのが人間ということで、それは、ちょっと先の未来を想起しなければならなかったり、ちょっと昔の過去を思い出す必要に迫られたりと、遠い遠い昔に、そういったことをたくさん繰り返す内に時間を伸縮する術を獲得したのではと思います。
 
Title: 「薔薇の向こうに青空を見た日」
 
  何だか、いくら語っても不確かな時間について、その考察を深めることは、こういったブログ形式の中では無意味なのではと思えてきます。でも、「想像性」が人類の特性だとすると時間を抜きに「美」を語ることは出来ない。なので諦めない自分もいます。



そう、もう三十年ほど前になると思う「その時代の時間意識は、基幹産業が決める」と吉本さんが言っていました。その当時で言ったら自動車産業で、その操業のスピードが、その時代に生きる人々の無意識の時間感覚を決定付けるということになります。朝起きて会社に行く段取りや、会社での作業スピードなど、そして、就業したあと帰宅してから寝るまでの時間の配分や埋め方等、社会全般を牽引する基幹産業が、それらを決めている・・・ということは、とても穿った事実だと思います。
 
  チンパンジーと人を分けるもの・・・・それは、「想像性」という目の前にないものをイメージすること。そして、そこには時間をどう扱うかという人間独自の志向性が深く関わっているということ。今回は、その二点を皆さんと共有したいと願って多少難解な語彙も使ってみました。



そして更に、人間の特性は、個体のもつ能力にあるのではなく、意外にも個体としての特性(大脳がチンパンジーの3倍ある等)以外のところにある・・・・つまり、社会的存在として集団の文化を伝承することで知的な蓄積を重ね伝えることにある、という松沢哲郎教授の指摘は重い事実でした。



人は、時間という掴み所のない概念を通して創造を生み、それを文化へと繋げます。そして、そのことは未だ未だ分らないことだらけです。様々な分野で、いろいろな角度から、さらに人間というものを深く掘り下げて理解したいものです。



あまりにもチンパンジーの研究結果が興味深くて、とうとう、こんなところまで来てしまいました。取り立てて「時間」など、気にも留めないことの方が自然のような気もしますが、ここは私目の相としてご理解頂ければありがたいところです。



今夜は、中秋の名月・・・だったのですが、あいにく台風が通り抜けて行き名月を拝むことが出来ませんでした。次は、季節の話題を取り上げることで、かなり理屈っぽくなってしまった Today's image から読者の皆様が離れないように努めたいと思います。


あっ、そうそう、ここに来て「漆の考古学」へのアクセスが鰻上り。去年アップしたページですが、何処かでリンクを張って下さったかたがおられるのではと思います。なかなか期待に応える内容を維持するのは大変ですが、何とか頑張りたいと思いますので、今後ともご贔屓に!


では、お仕舞いに、常滑晴鳶堂殿からのお薦め動画で悠久の「時」に触れてみて下さい。
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