三十五年程前、僕の悪友が何度も薦めた本.............『渚にて』(ネビル・シュート/井上 勇訳)を読んだ。



かみさんからも結婚した当初から薦められていた..............当時、核戦争が起きて放射能汚染が北半球から南半球に順次波及するという設定に無理があるから読まん!・・・と可愛げのないことを言っていたらしい。


確かに50年代60年代の冷戦時、アメリカとソ連が核実験を繰り返した際、その放射能汚染物質が北極の氷層に実験回数をカウント出来るくらいにはっきりとした層としてボーリングすると確認出来るというから、第五福竜丸が南半球のビキニ環礁で被爆した放射能は直ちに偏西風に乗り、さらにジェット気流にも乗りあっという間に地球全体を覆うように拡散したはずで、北半球で核戦争が起きたからといって北から順に何ヶ月も掛けてゆっくりと南下するというのは非科学的だと今でも思う。


でも、そんなことはどうでもいい。原発事故による放射能汚染という現実を目の前にして、内部被爆というもう一つの隠されてきた現実を僕らは毎日突きつけられている。そう言った状況の中で漸く誉れ高い『渚にて』を今読もう!という気になった。


もともと小説嫌いなので(ほとんど食わず嫌い)文庫本の厚みを見ただけで時間が勿体ない・・・と情けなく尻込みしていた。何度も言うが,僕はハイデガーの『存在と時間』を読むのもコミック『Dr.スランプ アラレちゃん』を読むのも同じくらい時間が掛る。なので同じ厚みなら読み応えのある哲学書か思想書を読んでいる方が自分としては充実した時間を持てているように感じてしまうのだ。たぶん、ただ本を読むのが遅いだけだと思います;;
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新訳『渚にて』
 
読み始めは単調だった。どこどこの緯度経度では、放射能の値がどうだとか、潜水艦で巡回する様をただ列挙しているだけのようで、作者は、なぜこんな設定を選んだのか,その動機は何なのか・・・・でないとこれだけのスペースを埋めるだけの訳が理解出来ないので活字を読むことが苦痛になり出したところで、この小説が書かれた時代考証を検証することにした。


調べてみると、この小説は1957年に書かれたとあるのでキューバ危機の5年前で、ソ連とアメリカの冷戦が最も水面下で画策されていた時期。SF作家という未来を構想する感受性の優れて高いこの作家は、核戦争による第三次世界大戦をリアルなものとしてイメージできていたと思われる。凡庸な輩には、第三次世界大戦など、大凡ちんぷんかんぷんな戯言でしかなかったろうが、ネビル・シュートクラスのSF作家になると、ソ連とアメリカの開戦は、いつ起きても可笑しくないリアルなものだったはずだ。それを正に目の前で起きているかのように描くことで、鈍感な権力者や一般大衆が危険を予知することによって、悲惨な戦争による惨禍から遠ざかるよう願ってのことだったと思える。


第一次世界大戦の戦闘員の戦死者は900万人、非戦闘員の死者は1,000万人、負傷者は2,200万人と推定されている。第二次世界大戦の犠牲者となると桁違いに多くなる。第一次世界大戦から第二次世界大戦の推移を見ただけで、この先起きるであろう第三次世界大戦がどの位の犠牲者を出すか、それは想像を越す惨事になることは明白だった。




3.11の二度目の大きな揺れを感じたとき、「お父さん、やばそうだから外に出た方がいいかも」という一緒に仕事をしていた息子の言葉に頷いて、生まれて初めて地震の揺れで建物の外に逃げた。それでも揺れが続いていたので「こうやって世界は終わるのか.....」と意外に冷静だった。
     第二次世界大戦の犠牲者


戦死者数については、ソ連の1450万人が図抜けて多く、ドイツの280万人、日本の230万人がこれに次いで多くなっている。中国が130万人、そして中東欧のオーストリア、ポーランド、ルーマニアも、それぞれ40~85万人と多い。

 

 英国、フランス、イタリア、米国は、20万人台であるが、米国が29万人とそのなかでは最も多い。

 

 民間人の死者数では、中国、ソ連、ポーランドで600~1000万人と犠牲者が多く、ドイツが230万人で続いている。日本80万人の他、オランダ、チェコスロバキア、ルーマニアなども、英国、フランス、イタリアを上回る民間人犠牲者を出している。(タイムズアトラス「第二次世界大戦歴史地図」のデータより)

「渚にて」の登場人物は、総じて核戦争後にやってくる地球全体の放射能汚染を「人間ていうのは、こういった愚かなことを実際にやる存在なんだ」と、登場する軍人や一般市民も含め無意識のレベルで事の事態を受け入れている。この設定は、震災前だったら幾分か無理な設定に感じたに違いない。でも、明らかに今は違っている。福島原発の炉心はメルトダウンしていたし、そのことで大量の放射能は現在も出続けている。福島県はもちろん隣接する他県では、「風評被害が出ることが怖い」と訴えているが、実際に放射能汚染物質が飛散してしまった事実があるので最早「風評」ではなくなっているのが悲劇だ。いくら「基準値以下の数値です」・・・といったところで、国の設定した安全数値そのものを信用していないので安全も安心も喚起しない。


人間の持つ観念は、倫理を越え出て膨らみ溢れ出る。そのことを何でコントロールするのか、またコントロールすることが出来るのか・・・僕らは、大きな課題を突きつけられてしまった。




「渚にて」の文体は平易で読みやすく、常に一般の人々の目線で描かれているところに好感が持て、原書で読んでみたいな~と思わせた。Amazon で検索してみると文庫の翻訳本と変わらない価格なので早速で手に入れた。どうせ本を読むのが遅いので英文の原書も翻訳ものも変わらない;;;かみさんの一押し「幼年期の終わり」と併行して読むことにした。



子供の頃、荒川の土手に寝転んで真蒼な空を見ていたら、自分のいる方が上で空が下になる錯覚と、瞬時に、はたと自分を取り戻し再び自分が下で空が上という現実を受け入れ、それらを交互に繰り返す不思議な感覚を持ったことがある。それは同時に「空に落ちてゆく」感覚も持つので、ぞっとして鳥肌が立つほどスリリングな体験だった。そんなことから、まるで悟りを開いた修験僧のように天空の宇宙から下界を見下ろす感覚を今でもはっきりと覚えている。子供は、山伏のような厳しい修練を積まなくても常識に囚われることなく自由なイメージをもてる。その感覚は、今でも大切に持ち続けている(口外すると危ない奴だと思われるので、人には話したことはありません)。


僕がSFをあまり好まなかった理由は、子供の頃のこの体験があったからだと思います。人から筋書きを聞いても「そんなもんか」と高をくくっていたのもそんな理由です
でもちょっと前、偶然食事中にケーブルTVで放映していた「2001年宇宙の旅」(一番好きなSF映画)を観た時、アーサー・C・クラークは凄いな~、スタンリー・キューブリックも凄いな~と感じました。

「ON THE BEACH」
 
SFは、現在と未来をネガとポジの対比で先鋭化する優れたツールです。



今回の震災では、途轍もなく多くのものを失いました。でも、僕らは倫理を超えて多くのことも学んだと思います。東電も原発も政府も、そして何よりも根深い問題を抱えるマスコミも「生活をもつ人々」で運営されています。なので、しっかり監視しないと取り返しのつかない事態を生みます。生活のための日常を超えて不測の事態を想定するのはとても難しいことです。SFは、そんな日常から解き放すツールとして、複雑さを増す世界ですが、これからもしっかり機能していって欲しいと思います。

「空」
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