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自民党総裁選は4日、投開票され、高市早苗・前経済安保担当相(64)が、小泉進次郎農相(44)との決選投票で勝利し、初の女性総裁となる第29代総裁の座に・・・・。

初の女性総裁という事実が何を意味するのか意味深かな。大方の触れ込みでは極右ということになるそうですが、僕自身は彼女の履歴を眺めても「営業保守」あるいは「経済保守」ではないかと踏んでいる。つまり、自民党は”大人”の政治家の集まりなので皆さん保守の振りをなさっておられる方が多い。そんな中で女性として生き抜いていくには、表は女、中身は鎧兜で武装していないと踏みつぶされる。思うに彼女自身は、普通の感性を持った女性だと思う。

現に、自民党内で「夫婦別姓」には声高に反対しているものの自身は山本姓を名乗ることなく高市で通している。LGBTもどっちでもいいと思っているに決まっている。きっとゲイの男やおかまとも楽しく酒を飲んだりできるだろう。
 
  両親とも教育勅語を暗記していて、幼少時毎日暗唱させられたというからゴリゴリの保守の家で育ったことは事実の様。サッチャーが尊敬する政治家というのも、そういった事情もあるのかなと。。

ただ、サッチャーにしても高市にしても男社会で生きていくには、自身の立ち位置を右にしておかないと女性であることで舐められるという環境が待っている。そのバランス感覚が怖い。常に尖った右寄りの発言を不本意に発信しなければならないことで自分を見失い、結局、何のために誰のために生きているのか分からなくなるのでは。それが総裁就任直後に「働いて働いて働いて働いて働いて、まいります!」といった発言に繋がった様に思う。これじゃ玉砕だ。

多分、優しさ→弱さ、しなやかさ→もろさ、寛容さ→甘さ、といった判定を下してしまうのではと懸念する。
 
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櫛名田比売
  そう、高市早苗について語ろうとした訳じゃなかったのですが・・・、まあ旬のネタなので。。

女とは何かについてですが、確かに今イタリアをはじめ先進諸国では極右の女性の党首が台頭してきている。一方で、男性は右傾化、女性は左傾化に振れているそうで、この傾向は何を表しているのか。
 9.11のテロがあった後、欧米ではイスラム圏への敵意が露骨になり排他的な傾向が強まった。けれども、パリではアラブ系のお笑い芸人が女性の間で人気が高まって不思議な空気が漂ったとか。同じ様に、日本でも慰安婦問題で嫌韓の空気が流れたとき、女性たちの間で「ヨン様」ブームが起きた。これって何を意味するのか・・・・。

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正月
 
「女は本当に分からない。謎だ。」・・・と言ったのは、確かフランスの哲学者ジャック=ラカン。また、「男は女になることを、女は狂人になることを欲している」・・・みたいなことも言っていた。そして「自分には、人間の女性のほうが、男性よりもさらに数倍難解でした」と言ったのは太宰治(『人間失格』)。

これらの”分からなさ”は一体何を意味しているのか・・・

僕が一番納得できる解答は・・・「女性は対幻想(恋愛)の対象として共同幻想を選べる」という吉本隆明の『共同幻想論』の行。男は天皇陛下万歳と叫んで国(共同幻想)のために死ねるけれど、決して恋愛感情で国を愛している訳ではない。あくまで”共同なる幻想”に尽きる。対して女性の場合、共同幻想としての国を恋愛の対象に出来るけれども、そのために死すことはない。このことで思い出されるのは、お袋が弟(僕の叔父)が志願兵となって出征するとき風呂場で泣いたと言っていたこと。そして、「君死にたもうことなかれ」と日露戦争中に与謝野晶子が、戦地に赴く弟を案じて詠んだ長詩も光る。
  女の幻想領域にはヒエラルキーがあって、きっと 対幻想(恋愛)>共同幻想≧自己幻想に近いかなと。対して男の場合は、表向き 共同幻想≧対幻想(性愛)≧自己幻想に近いかなと。この「表向き」というのが曲者で、あっさり言うと外面という意味になる。女の方が本音に近いところで生きていて、男はジェンダーとしても共同幻想に沿って生かされている悲しい存在に思える。

実際、戦地では天皇陛下万歳と叫んで死んだ兵士はほとんど居なく「お母さん!」(=対幻想)と叫んで死んでいったということなので、男は対幻想(性愛)>共同幻想≧自己幻想になるのが真意かなと。
 
平塚らいてう
  僕は直感で女性のもつ特性を分かっていたので、結婚は明確にこの「女性性」を盗むことにあった。この直感が培われたのは小学校に入って直ぐのこと。どういう訳か僕は幼稚園には行っていなかった。当時、親父は本業が住友倉庫に勤めるサラリーマンで副業として町工場を運営していた。朝鮮特需もあり月額30万の稼ぎがあったということなので経済的な理由で幼稚園に行かせられなかった訳ではなさそう。親父は多くを語らなかったので推測するに、多分、叔父が自由が丘に薬屋を出店するのに相当援助したらしいので、そのことで幼稚園に行かせてもらえなかったのかなぁと。。

そういう訳で、小学校が初めての集団生活だった僕は、宿題はもちろん鉛筆やら教科書やらありとあらゆるものを忘れて登校していた。そんな痛々しい態の僕を見ていられなかったのだろう、級長やしっかりした女の子がいつもサポートしてくれた。放課後も金魚の糞みたいに彼女の後に引っ付いて面倒を見てもらっていた(確か浜野?浜崎?さんっていったような・・・)。なので僕の女性への無意識は完璧にリスペクト一色だった。これが僕の女性に対する原点になる。
 
 
ボーヴォワール
 
  学童期にはジェンダーギャップはなかったように思う。なので女性達が男女差別に気付くのは社会に出てから後だったはず。特に優秀な女性たちは男社会の現実を前にして愕然としたのではないか。。そのことがトラウマとなってルサンチマンならぬルサンチウーマンになった女性は多いと思う。ただ矛先を男に向けるのは半分頷けるが半分見当違いのように感じる。というのも、意識の高い女性たちの母親の多くは、大抵「普通に幸せな家庭」に収まることを望んでいたので、敵は男であるというより母親であることが多い。フェミニズムを代表する田嶋陽子や上野千鶴子も例外ではなく、母親に対しての恨み辛みは相当根深いものがあると吐露していた。

母親の”溺愛〟に対して息子はマザコンになる可能性がありますが、娘はマザコンにはなりません...... 宇田亮一
その訳は、娘にとって最初の対幻想の相手が同性である母親なので対幻想が(女性→女性)となりストレートな愛情表現がし辛いと宇田亮一は言う。田嶋さんや上野さんが母親に対して敵意というかある”屈折„をもつのもそういった事情が大きく影響しているように思う。
 
  対幻想=性=恋愛=家族・・・を読み解かないと「女について」は語れない。
「人は女に生まれるのではなく女になるのだ」と言ったのは、かのボーヴォワールだが、このことは無論男に対しても言えて、男も「男になる」ように社会構造(共同幻想)が回っている。つまり、ジェンダーのしんどさが違うだけだ。

女であれ男であれ、本来「性」とは、生態としての♂♀の対でそれぞれの個体の固有性を存続させる営為になる。それはちょうど伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と「伊邪那美命(いざなみのみこと)が「国生み」「神生み(子生み)」の際「わたしには足りないところがあります」(イザナミ)「わたしには余っているものがありますので、そなたの足りないところを塞げば立派な子供が出来るはずだ」(イザナギ)と言って性交をし天照大神をはじめ四柱の神を生む。

この時代のジェンダー(性的役割)は、女が祭祀を男が政を担っていた。恐らくヒエラルキーとして政より祭祀を司る方が上位にあったはずだ。つまり降臨を引き起こす振舞いそのものが気が降れている様をいうので、このことがジャック=ラカンに「男は女になることを、女は狂人になることを欲している」と言わしめた所以だろう。
 
 
  ・・・と書き進めてきたところで、本日11/21(火)自民党の高市早苗総裁が、衆院本会議で行われた首相指名選挙で、第104代首相に選出され、憲政史上初めての女性首相となった。

これで我が国日本も世界の先進諸国の潮流に乗ったことになる。この「潮流」とは何か。。それはつまり国家という共同幻想が溶解し、次なる共同幻想に移行し始めているということ。表向きの現象では、トランプのアメリカファーストや高市首相のジャパンファーストは逆の振舞いに見えるが、実相は外国人問題に対しての排外的な対応を見れば分かるように、目の前に見える風景に国家という枠組みを脅かす異民族がそれぞれの国の中で増えているように感じているということ。
 
 
小野田紀美 経済安保&外国人政策担当相
 
  興味深いのは、高市政権の新閣僚の中で嘗て二重国籍を持った小野田紀美が経済安保&外国人政策担当相に抜擢されたということ。彼女は現在米国籍を捨て日本国籍一本にに絞ったということ。この立ち位置は、今回の高市政権を象徴する事象で、彼女自身が身をもって「国」とは何かを問うたであろうことから適任ではないかと思う。もちろん、このことは高市新首相がもつ危うさと重なってもいる。つまり、国家という共同幻想をナイーブに受け入れていることが、対外的により強く国家に同化している様に振舞うことで、結果として右傾化することを推し進めてしまう。僕は、そのことを懸念する。

「国家とは幻想である」と言ったのは、かのカール・マルクス。そして、戦時中軍国少年だった戦後思想界の巨人吉本隆明が、戦後何故「日本」という国家に命を賭し、結果として悲惨な敗戦を迎えたのか・・・。そのことの答えが「国家とは一つの幻想である」というマルクスの言説であり、ここから「共同幻想論」を展開した。そして、この国家という幻想を紐解くには、男女という有り様を深く考察しないと「国」とは何かが見えてこないし、日本そして世界は、再び愚かな戦争を繰り返すだろうと・・・・。
 
 
親任式
 
  そして、僕ら日本人が只のルーティーンくらいの気分でスルーしている、皇居での天皇陛下から任命を受ける親任式のもつ意味も大きい。天皇つまり嘗て稲作と戦闘の技術をもって半島から渡って来た天津神が、その後この地の国津神を併合して大和朝廷を作り上げた。その天津神が首相という国津神の代表の任命を担っていることの事実に国(共同幻想)の深淵さと不可思議さがある。因みに、高市早苗新首相の生まれは奈良。そして、 nara は朝鮮語で国(祖国)という意だそうだ。朝鮮系統の天津神が nara に出自を持つ新首長を首相に任命するという営為も中々に意味深い。

嘗て天津神側は、祭祀と政を男女で役割分担していたことは先に触れた。今回、女性が首相になったということは、祭祀の能力も持つ女性が、政を担う訳だが、何故世界の先進諸国の首長に女性の登場が目立つのかと言ったら、今までの男性中心に回って来た世界観では社会を回すことが出来なくなってきたため。となると、もうここは祭祀の能力を併せ持つ存在に託するしかないと多くの人々が踏んだのだろう、巫女が狂った様で未来を占った様に。

過日、高市総裁と 維新の藤田が連立交渉に臨む最中、藤田から高市総裁に対し、『高市さん、狂ってください』と伝えた(ABEMA NEWS) 

維新の藤田共同代表もよく分かっておられる。
 
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ということで、本日六本木はcourage de vivre からDMが届きました。個展準備に追われる中、史上初の女性首相が誕生したということで、ここは一言触れなければと思った次第です。僕自身は、高市新首相に多くを期待していませんが、彼女自身が自民党内で身をもって感じていた女性差別を、今党内はもちろん国の最高権力者になった訳なので、恐らく見える景色も違っているはず。案外、バランスの取れた気配り内閣になるのでは・・・とひそかに願っています。

では、では。