Today's image index 2021
01/31   筆写完了
コロナ対応 
  online shop open
Laq-ashikaga
正月
 
 

  Today's image index 2020
 大晦日 
地域の歴史 
足利乾ギャラリー
桐生市有鄰館ビエンナーレ
  加藤諦三
 日本人
web クラス会
生態リズム 
近 況
経済とコロナ禍 
サザエさん
本物が見えてくる.... 
地域資源
セーフティネット Ⅱ
 セーフティネット 
『土曜日のタマネギ』Ⅱ
Pinterest 
 救い 
urushi-art.net 
 夢想しよう
  コロナを整理
コロナストレス解消
 交換社会の逆襲
ゴールデン鶴亀ホーム
江刺 榮一の作品
 小俣中町
工房完成間近
  新年

  Today's image index 2019
工房構築
地域(足利) 
『ヨブ記』
ミシュラン三つ星
残月 
嫌韓
吉増剛造 in 足利
 アート&足利(2)
 アート&足利
 転 居(足利)
第三回厨子展制作現場
 絶対的座標
 源氏物語
 平成
 厨子展へ
 「銀座の金沢」
仔犬の夢を見た
 AFC Asian Cup 2019
迎春
  謹賀新年


 Today's image index 2018
  飛鳥斑鳩
工芸×霊性
徒然に(鎌倉彫とのこと)
常滑レポートとの13年
kitakinki-komonjo.com
修理
金沢CBA商品開発講座 
居なくなるということ 
 2018 FIFA W-CUP
追悼 宮坂 SAVOIR VIVRE  オーナー
秋の個展へ 
お絵描き 
セクハラ
ヨーコさんの❝言葉❞ 
博士課程前期修了
修士論文完成
修士論文執筆中  
謹賀新年
 
28日、『心的現象論序説』(吉本隆明著)の筆写が修了した。一昨年の10月スタートなので凡そ一年三か月かかった。時々、雑念が入ったりしたものの充実した時間だった。

さて、これからどうしよう。。
先日、僕の住む町のもの造りの神様が祀られる土師天神宮(葉鹿町)に詣でた。

Today's working (乾 漆)でも触れましたが、土師(hajika)とは古代朝鮮半島から高い技術を持って渡来した新羅の工人達を指す。彼らは、埴輪や土師器、そして鉄器の鋳造を担っていた訳だが、言ってみれば、今ある日本のもの造りの基礎を作った訳だ。その割には祠と呼べる位小さい。

まあ、渡来当時は神のように崇められただろうけれども、その後は、ご承知のように差別階級に転落させられ、今で言う在日にあたるので然もありなんと。「土師」を「葉鹿」に改名したことも、その一環に違いない。

僕は在日ではないが、そんなことはどうでも良い。足利が織物で栄えたのも、その出自というか原点は、「土師」にあったことは明白。もっと自覚してほしい…が、無理かな。。
小高い丘の中腹にあるのだが、小雨が降る中でもあったので一筋間違え頂上まで上がってしまった;;筋トレは真面目に続けているのだが、傾斜がきつく、足元も緩いので、手すりとして敷設された朽ちた杭から外れたロープを伝って公道まで出た(膝に水が溜まっていそう;;)

昨年11月に訪れた時に、倒壊した古木が道を塞いでいたので市の土木・下水道課に通報したが、管理者は近くの古刹無量院らしく連絡しておくということだったが未だ倒れたまま。近くに民家はないので、今度鋸持参で片付けようかなと。
「土師」で検索すると指し障りのない記述しかない。つまり朝鮮からの渡来人が出自だということを明示するサイトが稀有だ。例えば......

<土師は壬生みぶ(乳部みぶ)額田部ぬかたべ、刑部おさかべなどと同じように土師部はじべから来た語と考えられています。

 また、土師(はにし、[はに]は粘土のこと)つまり陶器造りの職人の住んでいたことによるとも言われています。

 土師部はじべは伴造土師連とものみやつこはにしむらじに属する品部しなべで、古墳の築造などを司るのが職能でありましたが、後に埴輪や土師器を貢納するようになったと言われています。

 土師の地名は全国に多くありますが、主なものを上げますと、茨城県岩間町土師、京都府福知山市土師、三重県鈴鹿市土師町、大阪府堺市土師町、岡山県長船町土師、福岡県桂川町土師が有ります。
 これらの中には、地質学的に花崗岩山地周辺に多く、陶業に関係のある場所が少なくないとされています。
 明治22年、土師村、勝田村、佐々井村を合併して、刈田村が誕生しました。
 また同時に、向山村、上根村、下根村を合併して、根野村が誕生しました。
 現在の八千代町は、昭和30年、刈田村と根野村が合併し、八千代村となり、昭和35年に町にあらためられました。
 八千代の命名は、昭和30年の合併の際に、両村民に公募し、決められました。八千代は、永続の意味を含んでおり、平易にして軽妙な名として親しまれています。
 平成16年3月1日、高田郡6町(吉田町、八千代町、美土里町、高宮町、甲田町、向原町)が合併し、「安芸高田市」が誕生しました
(安芸高田市八千代町HPより)
     
   自分らの出自を覆い隠して、確かで揺るぎない「今」を構築出来る訳ねぇだろ!って突っ込む自分がいます。

とは言うものの、相対的評価では、我が国日本は、経済の先行きというか安定感とコロナ状況も世界トップという話もあるので、他国は相当酷いことになっているのだろう。既にアメリカは終わってしまったし・・・。

政治も経済も医療も崩壊し、グダグダの日本の状況で、実感はないが。。

.... と暗澹たる思いで更新を続けていたところショートメールが....。

以前住んでいた兵庫は朝来市の同じ村の畳屋さんからで「お隣の福知山市夜久野町にあった漆の館を含む温泉等の公共施設が、この3月をもって閉鎖する」ということ。

只でさえ厳しい市の財政の中、このコロナ禍が当分収まりそうにないと判断したのだろう。補助金が毎年500万程出ていたというから、収益性の期待できないというか、行政の足を引っ張る公共施設から整理するということか。
 
     
   丁度、「土師」つながりで福知山市土師の資料を当たっていたところだった。この地に「天満宮」が祀られており、それが夜久野町直見に分祀したとある。実は、直見にある「天満神社」に何度か参ったことがある。

僕の居た山東町金浦は、京都市との県境で、引っ越した当初、灯油の風呂釜の点火が分からず、足げく夜久野町の温泉に通っていた。そんなある日「夜久野町の漆の館から聞いて来た」と仰る方がみえた。奥さんも含め飛びぬけていい方で本物の元東大全共闘;;

偽物にはたくさん出会ったが、正真正銘の活動家(正確には元活動家)で25年も地下に潜って活動していたというから凄い。ならばと吉本隆明の話を振ったら、当時吉本理論を振り回す輩に散々な目に合ったので懲りて目を通したことがないと... 残念。

そんなこんなで「夜久野町漆の館」を知り、漆掻きも初体験させて頂いた。ただ当時から補助金で回っているという、官民を問わず日本にイノベーションが起こらないことの構造に、どっぷり漬かった半官半民の様な運営なので、一時仕事を手伝ってもらった際、若いスタッフには、夜久野には何もないので早めに自立するように!と伝えたことがあった。

分かり切ったことだが、遂にその日が来てしまったということ。
 
   
漆掻き.... 2013年梅雨
 
   コロナ禍は、悪いことばかりではない。これを契機に自分も社会もバージョンアップする良い機会になるし、そうしない限り生き残れない。そして、大企業も地方産業も、全ての日本社会に蔓延する補助金で回る経済構造から脱するチャンスだ。東大教授安冨さんじゃないが「好きなことをやる」ことの中でしか、イノベーションへのエネルギーは出ない。

ウィルスに負けじと、僕らも変異を繰り返すしかない。でないと「一月万冊」の清水有高さんのように、やりたくもない仕事でお金を稼いで、結果鬱になる道を辿ることになる。

そんな中、いつもの様にアクセス解析をしたところ、何と昨日の29日だけで25000を超えるリクエスト数があった。??何が起こっているんだろうか。。
 
     
 
赤城連山
 Home index 

essay +column+
2009 --2021
Today's image index

 
 
↑↑   top へ