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六年前、コロナ禍に入って籠らざるをえなくなり、貧乏性の僕のことなので直ぐ「今」しか出来ないことを模索し幾つかのことを始めた。その一つに「源氏物語」の原本の写しの書写があった。当時(六年前)は国文学研究資料館にデジタル版がアップされていたものの、全五十四帖のうち残念ながら「桐壺」一帖他僅かだった記憶がある。

先程確認したところ「源氏物語」のデーターは、国文学研究資料館以外にも東大、京大他可成りのデータが電子化されてアップされていた。

「桐壺」に関しては十回以上書写を繰り返した。というのも、この原本の書、特に平仮名が余りにも美しいので憑りつかれたというのが正直なところ。
   
「桐壺」
  ここに来て歳もあるのだろう「源氏物語」全般に関して興味がわいてきた。そこで以前から気になっていた足利市生涯学習センター所属のサークル「源氏の会」にオブザーバーで参加してみた。
 残念ながらこの会は変仮名遣い、つまり原本の写しを使うことなく原文を講師が訳すだけということ。これなら良書が沢山出ているので自分で学習することは可能なのにと思うが、講師の手を借りないと素人には中々深まらないと踏んで入会することにした。個展前の忙しい時期にサッカーに加え源氏物語もか?という突っ込みも聞こえてきますが、月二回のことなのでそう長くもない残りの人生なので・・・と言い訳してます💦
 
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  で、参加した回は「帚木(ははきぎ)」で、次が「空蝉」なので早速電子版をダウンロードしてみたが残念ながら「桐壺」の写本と同じ筆者のものはなく余り美しくない。おまけに脱字が多いので筆写してもストレスが溜まる。仕方がないかなぁと諦め、筆写するときには「桐壺」の書を思い浮かべながら進めている。

 ところで、あらためて源氏物語を読み返してみると(今の世は、原文や現代文に訳されたものの朗読が動画で聴ける)紫式部の才たるや超絶だなぁと驚きを隠せない。と同時に、その中身のエグサが、これまた超絶でこれって有り?と突っ込みを入れたくなるほど。穿った見方をすると、ジャニーズ問題が表に出ず隠蔽された根源が「ここにある」といった突っ込みを入れたくなる。

平安文学研究者で源氏物語の専門家でもある山本淳子氏がハーバード大学に講師として招かれた際、あちらの関係者から「今、当大学では#me toで源氏物語は人気がありません」・・・・と打ち明けられたとか。現トランプ大統領もイーロンマスクとの出会いは、少女を闇で売買する裏のクラブの会員同士だったというし、その会員名簿に両者ともに記名があったということで裁判にもなっている。

「空蝉」・・・東京大学資料
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とはいえ、「源氏物語」をどう読むかは倫理だけでは片付けられない、それこそ人間の有り様をどう解釈するかでもあるので、ある意味ダブルマインドを含む。そして、千年以上前に描かれた物語が今もって読まれている(それも多くの女性に)のには、倫理を超えた何かを豊かに含んでいるからに違いない。現に会の出席者(十名程)は、僕と講師の先生を除いて全て女性で占められていた。ただ年齢は略僕より上では・・・・。
 
  僕は団塊の世代の終わりに生まれたので、ウーマンリブ(これ知らない若者多いだろうなぁ)やフェミニズムが丁度台頭して来た時代にも被る。象徴的だったのが、”お一人様”の若き上野千鶴子が『現代思想』の「家族」を特集とする回で華々しくデビューしたこと。今でも鮮明に記憶しているのが、その彼女自身が「<家族>が思想として語るに足る重要なテーマであることを世界で最初に指摘したのが吉本隆明だ」と熱く語っていたこと。つまり吉本さんが『共同幻想論』のなかで対幻想という新しい概念を提示し、それを家族と重ねた概念として論じて見せたことが非常に重要だと彼女は指摘していた。

その後の彼女の活躍はあえて語る必要はないだろう。コモンセンスで言ったなら東大の教授まで上り詰めたのだから。何を言いたいのかというと、# me to が叫ばれる今日、少年少女を性の対象とすること自体既に犯罪として扱われる。そういった時勢のなかで不倫や姦通をある意味美化した「源氏物語」をどう語るか、あるいはどう考えるかは微妙だ。
 
  中世つまり11世紀当初の貴族層の結婚制度は実際のところどうだったのか・・・不倫や姦通を法的に処罰する制度はあったのだろうかと・・・調べてみると、先ず目につくのは「一夫一妻多妾制(いちぶいっせいただしよし)」になる。簡単に言うと正妻が一人居るものの正妻以外にも夫が同時に複数の妻「妾」をもつことが一般的だった。ただし「妾」とは今流通している妾の概念とは違って「正妻以外の妻」「第二夫人・第三夫人......」に近い意味合いで、彼女たちが生んだ子供が婚外子扱いされることはない(文筆家 古川順弘)。

・・・とここまで書いてきて、中世の婚姻を含めた男女関係をここで触れるのは適当ではないなぁと気付いた。つまり幾つもの論文を書かなければならない位複雑な事象だということ。そして、背景に女性を穢れて劣ったものとする仏教が更に関わるので尚更扱いづらくなる。加えて中世以降女性の男性との非対称性(経済、身分等)は更に際立ってゆく。
 
   
  「源氏物語」をジェンダーや婚姻制、つまり女性差別の視座で捉えると芯を食わないのでは・・・と。ならば国家(共同幻想)と男女関係(対幻想)で捉えたらどうなるか・・・。

「源氏物語」が描かれた当時、つまり11世紀初頭、国家という共同幻想が厳密な意味で成立していたかどうかは別として、朧気ながら国家という枠組みが出来上がっていたと考えると近親相姦は厳しく禁忌となっていたはず。ただエジプトがそうであった様に、王侯貴族はこれに当たらないということだったのかも知れない。なので、光源氏の振る舞いが破廉恥で犯罪的だとするのは早計だ。

そう考えると皇族が統治する中世の国家では、近代国家とは違って皇族や貴族層では国家成立以前の近親相姦が残余としてまだ残っていたと考えられる。つまり1:1の男女関係を志向して両者の関係が閉じてゆく対幻想が、皇族や貴族層では未成立だったのではと。というか矛盾した言い方だが、特権階級では対幻想が非対称だったのでは(これじゃ対幻想にならないのだけれど)。別の言い方をすると、女性だけが対幻想を持ち例外を除いて男性は地位や財産、そして家柄の継承のため n → ∞個を理想とする対幻想を持たざるを得なかった・・・と考えると腑に落ちる。
 
 
  そう考えると男というジェンダー(性的役割)も辛く悲しいものに思えてくる。実際、光源氏は様々な男女関係を持った晩年出家する。つまり対幻想そのものを断つことで物語は終わる。逆説的だが、最上の恋愛は対幻想(一対の関係に閉じる心の領域)ということになるのでは。。

ただし、この視点は非対称の女性としての立場にあった紫式部の思念でもあったはず。そして、対幻想は「幻想」というだけあってイリュージョンなので、それは理想的な観念であって奇跡でもない限りそういった観念を共有できる対象(男女、男男、女女)に出会うことは先ずないのだろう。それが千年経っても「源氏物語」が読み継がれる所以なのでは・・・・。

本当は、対幻想以外の視座で「源氏物語」を読むことも可能だった。ただスペースが足りない💦

ということで、今週初め「源氏の会」に参加し、この暑さで会議室 201 のエアコンを20℃に設定され、もろに冷風を受けたことで夏風邪を引いた(@_@) 皆様におかれましてもこの暑さ 呉呉も御留意の程。

では、では。
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