今年2月になって子供が通う学校のPTAのホームページを更新する仕事を仰せつかった。あれこれ試行期間の2・3月を終えて、いよいよ新年度が始まった。入学式には校門の桜が満開。絵にかいたような光景を演出してくれたのであった。暖冬の影響ですでに3月には開花宣言が出されていたのだが、その後の花冷えは4月の初旬に満開をセットしてくれていたのである。


その写真を写し件のホームページの表紙にUP。そして、思いついたのが初唐の詩人劉延芝が作った詩にある有名な対句だ。月並みといえばそれまでだが、あまり秀逸な文句を出してもPTAという場の空気には馴染まないはずと読んでいる。


年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず これに続くのは、言を寄す全盛の紅顔子応に憐れむべし半死の白頭翁。であり、PTAの会員に白頭になりつつある人はいても半死というにはまだ若い。ただ、人生の儚さは伝える責があるのかもしれない。


そして、前回報告した陶芸研究所の講義を是非ともやってほしいと新しい研修生が首を揃えてやってきた。現有のスタッフでやってやれない事はないという心算であったが、いきなり矛先を向けられても彼らも大変であろう。よって、この一年は彼らの研修を兼ねた講義を行うという趣向と相成った次第。
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さて、満開を過ぎた染井吉野の華吹雪を見ながら、歳々年々とつい口ずさむ陶芸研究所の会議室。陶芸家にとって必要な知識とは何か。言うまでもなく如何なる原料を用い、どのような技法によって、どのように焼けば焼き物が出来上がるのか。というHOW TO知識は欠かせない。



しかし、そうなると実際にやっている人物が担当するべきであろう。研究所のスタッフは実際に陶芸を行っているのだから、その点では僕などよりはるかに適任である。教えていただくことにしたい。



さてハウツー知識を持ちそれなりの施設と原材料があれば、陶芸は誰でもできる。技術などはやっているうちに何とかなってくるものだ。とすればしがない考古学徒の熟れの果てのような僕にいったい何を語ることがあるのだろう。


陶芸の歴史を辿れば、焼き物は多くの機能を担っていたことが知れる。そして、近代化という流れが始まり、多くの機能は陶芸ではなく工業製品に担われていった。工業製品といってもブランド系の食器などは陶芸品と区別しえないし、巨大な碍子は立派なオブジェになる。小便器だってデュシャンは現代アートの作品にしたのだし、レディー・メイドシリーズは工業製品が芸術になることの証であろう。
要するに有るものをどう見るかという視点に作家性が宿ることになろう。いささか飛躍してしまったが、機能を果たすことを第一とすれば陶芸家の需用はなくなるほど生産力は高くなっているのが現代である。


目を転じて食糧を摂取するのに器を必要とするのは人類のみといっていい。さらに明確に器を用いるようになったのは新石器時代以来のことである。本来は無くても良かったものが生まれたことにより、スープのようなものが食べられるようになり、また煮たり茹でたりする調理法も可能になったとは言える。そして、生では食べられなかったようものも食糧になったのだった。


人類に宿った生命の繁栄が道具によって進んでいく。そして、その生命維持のための道具が機能性と繋がることになる。そこに陶芸はお呼びでないということだ。


土偶や埴輪に象徴される塑像は生命維持の領域とは異なる分野に属している。埴輪は墓と切り離すことができない。土偶も又すぐれて精神的な領域に関わる造形物であることは疑いえない。
常滑市民俗資料館
   
縄文土器の過剰なほどの装飾は、機能性とは異質な世界から生み出されていると見なければならない。もちろん縄文土器にも無文で形態もバケツのようにシンプルなものがある。そうであるだけに一層あの燃え上がるような造形や爬虫類を思わせる突起の模様には、生命の維持ではない機能が存在したと思われる。



生命の維持とは異なる機能として精神分野の活動が前面に現れた創作ということになるのだが、とりあえず死という現象が、人類にとって単なる生命現象の終息ではないものになっていることは、造墓行為や副葬品の出現、さらには葬送具の制作などといった現象から容易に導くことができる。
 
そして、霊魂の永続性や再生のような物語が生まれてくる。花にだって木ごと、花ごとに個別性はあろうが、人の個性は圧倒的に肥大化しているように思う。草木の生命と人類の生命のいずれにもDNAという遺伝情報が内在しながら、かくも違う生命に分かれているのは、やはり脳細胞の存在以外ではない。



生命とは異なる魂なるものが、別の命として脳内に生まれているというように捉えてみようか。そして、その魂は生命維持システムからはみ出した部分を求めて止まない。そこに旧石器時代の洞窟絵画もヴィーナスも由来するというように今は思えてならない。



年々歳々花相似たりといっても、その花を見る人は、そこに生命現象を認め草木の魂を読みとって自らの魂とシンクロナイズさせている。花の散るのもまた花の魂の終わりであって、その儚さは人生のそれと見立てざるをえない。
常滑市民俗資料館




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