早春は山歩きに最適。まず下草が枯れていること。そして、アブや蚊がいない。蜘蛛の巣のないことも有り難い。よって、遺跡の踏査などもこの時期が最高なのであった。昨年来三河豊橋の研究仲間に誘われて山寺の遺跡調査に参加させてもらっている。



今年の第一弾は渥美半島の山岳・山林寺院であった。同じ半島といっても常滑のある知多半島とは違い山が高く峻険。なんといっても秩父古生層の変成岩が基盤層である。そこに第4紀洪積世の土が薄く貼りついている。



この岩山の山頂近く、あるいは山裾に中世以来の寺院が点在している。それらの寺院に隣接して中世の墓地が営まれているのだが、ここからの景色が絶景。豊橋や豊川の寺院だと墓地になる前に経塚が作られている事がある。







経塚が浄土信仰と密接に結びついていることは前々回に紹介したところ。そして、経塚造営によって、その地が浄土の地という印づけがなされたのではないかと思えるのだが、鎌倉期になると、そこに墓地が営まれる。



もっとも、そのような場所に作られる墓地は瀬戸や常滑、そして渥美半島でも焼かれていた壺を蔵骨器として用いた火葬墓で庶民の墓ではない。壺の周囲を石で囲っているのだが、その上に太平洋の浪打ぎわから持ってきた丸石を乗せている。



静岡遠江のこの主の墓地遺跡の事例で、当時の遠江国の役人クラスがこうした墓を作ったのではないかとされているが、そんなところかなと納得している。ただし、渥美半島は農地としては決して適した場ではないし、三河の役人が集まっていたとも考えられない僧侶を引き連れて伊勢神宮を訪れ、大般若経転読を何度か行ったという。
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荘園の庄官クラスは居たであろうが、ずいぶん骨壷の数が多いのであった。伊良湖には伊勢神宮の御厨が点在し、神宮の背後を護る朝熊山の金剛証寺があり伊良湖あたりで焼いた焼き物が経塚に使われている。



そして、治承・寿永の内乱で焼け落ちた東大寺大仏殿の再建に用いた瓦を焼いた遺跡が伊良湖にある。そして、大仏殿再建の勧進元は俊乗坊重源である。重源は東大寺再建事業の無事を願って多くの僧侶を引き連れて伊勢神宮を訪れ、大般若経転読を何度か行ったという。



そして、そのころ伊勢の二見に庵を結んでいた西行に平泉の秀衡への資金協力を頼んだとされている。


と伊良湖が登場するのであった。
常滑市民俗資料館
その西行の『山家集』には・・・・

伊良胡へ渡りたりけるに、いがひと申す蛤に、阿古屋のむねと侍るなり。それを取りたる殻を高く積みおきたりけるを見て
阿古屋とる いがひの殻を 積みおきて 宝の跡を 見するなりけり

沖の方より、風のあしきとて、鰹と申す魚釣りける舟どもの帰りけるに伊良胡崎に 鰹釣り舟 並び浮きて 西北風の波に 浮かびつつぞ寄る

二つありける鷹の、伊良胡渡りをすると申しけるが、一つの鷹は留まりて、木の末にかかりて侍ると申しけるを聞きて
巣鷹わたる 伊良胡が崎を 疑ひて なほ木に帰る 山帰りかな



重源は醍醐寺で修行を積んだ真言密教の僧でありながら法然に師事し念仏門の主要人物でもあった。頼朝も重源を支援した人物の一人だ。もう一方は法皇後白河。時代の変革期に登場する人々と渥美半島がクロスする。
常滑市民俗資料館




渥美半島では東大寺の瓦だけではなく多くの壺や甕が焼かれ、それらは平泉に大量にもたらされているし各地の経塚でも使われている。鎌倉の永福寺の東向かいの山の上にある経塚でも渥美の甕が使われていた。まるで浄土の焼き物なのだ。



国宝秋草文壺も、この地でこの時期に生み出されていた。陶工だけではなく仏師や絵師さらには瓦工などなどいろいろな人々がこの地に介していた。知多半島にも陶工はいたし、瓦工もいたのだが、仏師と絵師の姿が見えない。



西行に恋焦がれる芭蕉は伊良湖に蟄居していた愛弟子の杜国を訪れたときに詠んだとされるのが「鷹一つ見付けてうれしいらご崎」は「巣鷹わたる・・・」を下敷きにしているし芭蕉が平泉に「夏草やつわものどもが夢の跡」と詠んだ句も西行と秀衡が後ろに控えている。



渥美の中世墓は、痛々しく盗掘に荒らされていた。ひそかに山中に眠る人の浄土を荒らして終の棲家の骨壺を盗み金を稼ごうとする行為が仏罰によって裁かれぬはずはなかろう。が、しかし、仏罰などという言葉の力は弱っているなあ。
往復書簡    


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