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このところ清水有効氏の「一月万冊」や、長島修氏の動画を毎日欠かさず(ということは、4~5本/日)視聴している。中でも、元博報堂のジャーナリスト・本間 龍さんの『原発広告』や『ブラックボランティア』は、目から鱗で、僕らが無意識に刷り込まれてきた国策としての広告や告知の中身の意味や意図を、正しく白日の下に晒してくれている。

『ブラックボランティア』は、この酷暑の中、11万人の無償のボランティア活動を強いる東京オリンピックの狂気を、嘗ての「インパール作戦」に例えているところに納得させられる。驚いたのは、陸上競技の国際審判員(もちろん英語も話せる)が、登録上一般のボランティアと同じ所属とされ、これも無償だということ。オリンピック委員会のメンバーは、多額の手当てをもらっているのにだ。
丁度八月は、「終戦記念日」という、正確に言うと「敗戦記念日」にあたるので本間さんお勧めの『全滅憤死-インパール3』(高木俊朗著)をkindleに落として読んでみた。

読み終えての感想は、今の時代とそっくりだということ。そして、僕ら日本人は、為政者も国民も、そして、大手マスコミも全く変わっていないという事実に驚愕する。と同時に、「日本人」って何?という疑問が立ち上がってくる。


丁度、「videonews.com」でも同じ様なテーマを扱っていて、宮台真司も繰り返すように「日本人って本当によく分からない」。彼の夏期講習の講義でも日本人のメンタリティーを、「己」と「共同性」(「組織性」)の両面で深めようと、この夏は「共同幻想論」(吉本隆明)を資料として使ったという。

「インパール」を読むと、繰り返し「悲憤」というフレーズが出てくる。つまり、上官の恣意的で無謀、そして不可解な命令に対して憤慨する感情に堪えて、決して抗うことなく、結局受け入れるときの感情を指す。理不尽な戦術と、それの背景に立身出世第一で、一般の兵の命など微塵も気遣わない上官、それも上位に行けば行くほど劣化しているシステム。でも、そのことで部隊が略全滅することが分かっていても誰も止めようとしないし、止められないという精神構造。「国」を愛しているわけでもないのに死を賭すことの不可解さ。

この不可解を脅威に感じ、アメリカ軍は、原爆の投下後に日本が降伏をしなかった場合(充分根拠があった)、九州に上陸し毒ガスを使ってゾンビの様に死を恐れない日本人全員を殲滅する計画があったという。それは「彼ら日本人は、原爆をもってしても竹槍で対抗するだろう」という読みからだった。

NPO法人「太平洋戦史館」より
何のために、誰のために戦ったのか謎だけれども、福島の原発事故の件も、今回のコロナの件も、そして、東京オリンピックの件も、全て同じ構造をもっている様にみえる。

生前、吉本さんが繰り返して述べていた「日本語って、どこから来たのかも含め、本当に分からないのです」ということは、「日本人」についても同じことが言え、その分からなさが不気味で危険なので『自己幻想』・『対幻想』・『共同幻想』という概念を構想設定し解き明かそうとした。


この中で、最もユニークで美しい概念『対幻想』は、可成りのところまで深め追い詰めたけれども、次元が高く、深すぎて、これを引き継ぐ哲学者も思想家も出ていない。「国家(=共同幻想)は、対幻想がある時点でジャンプして産まれる概念だ」というところが高い新規性があるところであると同時に、凡人には理解を超えているところが、誰も引き継げない理由だと思う。決して、取り上げるに値しないと言う訳ではなく、「理解を超えている」ということが本当のところではないだろうか。
  と、ここで固いお話が続いたので、息抜きに大好きな乙武洋匡さんの動画をどうぞ♬

どうですか、重いハンディーを転倒させて笑いに換えてしまう豊かさは、もうアートです。
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そう、正しくアートを超える概念としての『対幻想』ですが、「己」あるいは「個」を深めても、そして、「群れ」、「組織」を深めても依然分からない日本人のメンタリティー。これはもう、どちらにも跨る、そして、双方を橋渡しする概念を捻り出すしかなかったのでは.....。

キリスト教圏からすると「個」を厳しく自覚するところから出発する、故に仏教国の日本は、その点曖昧だ......とか、『菊と刀』の指摘する「恥の文化」といった指摘も、納得できるが十分じゃない。「恥」のためだけに特攻を選ぶかというと、それは違うだろうと思う。でも、生態としてもつ死の恐怖を観念で乗り越える謎。これって他所の国からみると深い魅力に映るらしい。

今日視聴した動画で扱ったニュースによると、コロナ禍が済んだ後、一番行ってみたい国は何とアジアでの集計では断トツの一位で日本。欧米の集計ではアメリカに次いで日本ということだそうだ(日本政策投資銀行/日本交通公社の意向調査)。一言でいえば「ミステリアス」なのだろう。日本人の僕自身にとっても謎だらけなのだから。。
晩年、吉本さんは「アジア的なるもの」という切り口で、日本の分からなさを追い詰めようとなさっていた。これは、宮台真司が言うように、大戦の渦中にいたものとして、ひとつの厳しい責任の取り方だと思う。戦前・戦中の日本人の識者が、戦後殆どスルーしてきた中で、真正面から立ち向かったその姿勢は立派というか、こういう方が一人でも居てくれたことに感謝する。

残念ながら追い詰めきれずに鬼籍に入られた。そして、僕らは今も、この「日本人」の分からなさに向き合い、未だ先の大戦を総括できずにいる。