漆の副葬品..........北海道函館市垣ノ島B遺跡(北海道HPより)
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世界最古の漆器は、中国の7000年前のものとされていたが、平成12年から始まった北海道函館市垣ノ島B遺跡の発掘調査により、約9000年前の漆の副葬品が発見され、今では世界最古の漆器とされている。

また、理化学的調査法(エックス線回析法、蛍光X線分析法 etc)の発達から赤色顔料の同定や漆に添加された油脂や夾雑物の判別も可能になってきた。そして、これら調査法の発達により、単に9000前の漆器が発見されたという事実以上のことが分かって来た。



縄文時代の漆工技術をみていくと、この時代が”赤色漆の時代”と呼ぶことがふさわしいと思えるように多くの赤色漆製品が作られている。何故この様に”赤色”が使われたかの問いだが・・・・・
漢字の「文」という文字は、巨匠白川静氏によるとオリジナルの文字はで、死者の胸に呪飾として朱色で死者の魂が死体から脱出するのを防いで死者の復活を願い、また外からの邪霊が憑りつくことを防ぐ意味であったとされる。

日本が縄文時代、中国は殷の時代に重なるので、こういった宗教観が中国大陸から伝来されたとも考えられるし、また人類の発展段階で同じような元始の宗教観がどの地でも生まれたとも考えられる。したがって「朱=赤色」は魔除けの意味を持っていたとする推測は妥当だ。

漆製品の肩当て.........北海道函館市垣ノ島B遺跡(北海道HPより)
 
日本列島において旧石器時代の人たちは鉄分の多い原石(ベンガラ)を加熱して赤色にし、その部分を削って粉末にして赤色顔料としたことが明らかになっている。(2003 「北海道における旧石器時代の顔料」{旧石器考古学・福井淳一})。しかし、漆塗膜の断面観察で、縄文時代の人々は、パイプ状ベンガラ粒子(外径2μm以下長さ40μm以下)を用い旧石器時代の製法と異なっていることが明らかにされた。

そして、縄文時代の赤色漆を塗膜分析すると、上記したベンガラ粒子と混じって淡水域に棲息する珪藻が狭在することが観察される。同時に、綿屑状の浮遊物として珪藻と同じように浮遊する、貴褐色の鉄バクテリアを水ごと採取し、煮詰めて加熱燃焼することで精製される赤色のベンガラ粒子も観察される。加えて、イグサの髄が星状細胞であることから、その吸着性を利用して、この部位に鉄バクテリアを吸着させてベンガラを効率よく精製していたと思われる。

「珪藻」........Wikipediaより









鉄バクテリア........Wikipediaより








イグサの髄断面
以上の様な観察結果から、縄文時代の人たちは、高度な精製法で赤色顔料を作り赤色漆として使用していたことが明らかにされている。


さらに、上図で紹介した北海道函館市垣ノ島B遺跡から出土した”肩当て”(9000年前)の漆糸による編布(あんぎん)は、編物が完成したのちに漆を塗布したのではなく、編物にする糸の段階で漆を塗布し、そのあとに編み込んでいる。

あまり漆の特性を御存じない方のために説明を加えると、漆は布に塗布すると硬化し柔軟性に欠け、身に着けるには不都合になる。したがって、あらかじめ一本一本の糸に漆を塗布し、ある程度の柔軟性を持たせた状態で編み込んでゆくことで、堅牢で耐久性に富んだ漆製品が仕上がることになる。

この事実を縄文の人たちは、9000年前に既に気付いていたということに驚くばかりだ。こういった言い方は、縄文の人たちには失礼になるが、彼らの知的能力は、僕らと変わらなかったのではないかとさえ思う。
参考文献

〇岡田文男『縄文時代の考古学6 ものづくり』同成社、2007年
〇奥 義次「森添遺跡発掘調査概報Ⅱ」

〇永嶋正春 「垣ノ島B遺跡土壙墓出土漆様装飾品と赤色顔料について」
〇成瀬正和 「顔料」『文化財の保存学入門』

亡くなった子どもの足形を粘土板に形取ったもの?............北海道函館市垣ノ島A遺跡(北海道HPより)
そして、ベンガラより発色がよく、いわゆる僕らが”赤”と感じる顔料である「朱=辰砂」を発見し精製したのも縄文時代の人たちだった。それは、縄文後期初頭(4000年前)に広く使われるようになったとされ、三重県森添遺跡から多くの朱の加工・生産を示す磨石、石皿、台石が出土されたことから明らかになった。



僕ら漆工芸に携わるものは、朱漆を扱うにはかなりの技術を要することを経験上知っている(けっこう泣かされました;;)。先ずは、その発色の鮮やかさを決める漆の透明度が重要になる(=精製)。加えて朱そのものの質も重要だ。さらに塗面の厚みを均質にかつ適度の厚みを持たせなければならない。これらの条件を9000年前に熟知して朱漆を精製し、漆工製品を制作していた縄文人は偉大というしかない。

そして、こういった歴史的・考古学的事実を、科学的に研究なさっている方々がいらっしゃることを遅ればせながら知り深く感謝する次第です。たまたま、院の図書室でこれらの貴重な資料(右蘭:参考資料)に出会ったのですが、恐らく町の図書館には収蔵されることはない資料なので僕としては幸運というほかありません。
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漆塗り注口土器(垣ノ島A遺跡)