『手漉和紙大鑑』   

 2011
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『手漉和紙大鑑』   
多彩な冬
 







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4月から近所の郷土資料館で和紙製作用具の整理作業をしている。長年地元で集められてきた和紙を漉くための道具類を、きちんとした形で記録・保存す
るためである。

とはいえ、和紙のことなど何も知らないので、手始めに勉強、と思い、図書館の郷土資料室から関係文献を手当たり次第みつくろって、しばらく読みふけっていた。



その中でももっとも見るべきは『手漉和紙大鑑』(毎日新聞社、1973~74年)だろう。発刊当時、国内の手漉和紙を可能な限り集めた和紙見本帖であり、あらゆる角度から和紙を論じた和紙研究の集大成である。


縦54.5cm、横40cmと大判で重く、全五巻、ダンボールの外箱を開けても、布張りの秩、畳紙と何重にも包まれていて、内容を見るだけでも一苦労だ。閲覧室の窓際の席に陣取って、さまざまな和紙を日がな一日、陽に透かしたり、なでまわしたりして過ごすのは不思議に気持ちが満たされる。


解説編も和装本で、揉み紙を表紙に用い、本紙、見返し、と様々な産地の紙が使われて、手に取るのが心地よい。なにより、和装本がかるく、そのため長時間の読書が楽になることははじめて知った。
学生の頃さんざんコピーをとって読んだ『奈良六大寺大観』と同じころの発刊だから、このような大がかりな研究書をつくろうという気運が高まった時代なのだろう。
 
学生時代にお世話になった先生が、『六大寺』執筆者の一人だったが、非常に文章の上手な人だった。読者がぱっと飛びつくような面白さは全くないが、高度に学術的な内容を述べながら、文頭から順に読めばそのまま内容がすんなり理解できてしまうという、全く無駄のないすっきりとした文章を書く人だった(普通は行きつ戻りつ読まないとなかなか理解できない)。
 
あるとき先生に「なぜ先生は文章がうまいのですか?」と質問したことがある。その時先生はニヤッと笑って「若いころ、『六大寺』執筆の時に鍛えられたのだよ。編集の段階で、みなで書いた原稿を持ち寄って、お互い修正するのだけど、私などそれはそれは先輩達にこき下ろされてね・・・」と話された。
 
すでに老大家だった先生にもそんな「青春時代」があったのか、と思われたのと、そのような仕事に関われた人生がうらやましかった。
 
さて、この『手漉和紙大鑑』も編集・執筆陣の並々ならぬ情熱と高い理想が読み取れる。解説編を読むと、山間の僻地まで足を伸ばし和紙見本を集めたこと、編集と和紙分類に最後まで頭を悩ませたこと、古紙を再現する際の試行錯誤などが語られている。今の時代、美術や工芸の分野で、こんな風に自分の心身を投げ打つような仕事ぶりがあるだろうか。おそらく現在でも、和紙研究ではこの大著を超えるものは成し遂げられていないのではないか。
私は、和紙を漉く里に引っ越してきたからには、いま携わっている和紙製作用具の仕事から逃れることはできない。この仕事を自分の血肉としなければ、その先の人間的な成長はないと思っている。
 
このような民俗学的な仕事はフィールドワークが重要であって、本ばかり眺めていては何も進まないのであるが、文章を書くことを訓練してきた者にとって、やはり先達の書いたものが何よりの道しるべとなる。
 
中心的な執筆者の一人、柳橋眞氏監修『手漉き和紙 暮らしを彩る和のこころ』(講談社、2004年)の巻末解説に「紙に携わる若い人たちへ」と題した短い箇条書きがある。私は今、それをそのまま自分に言いきかせてすごしている。
 
「真の職人は滅亡を恐れません」
「立派な仕事を残しておけば、必ず後世の人が続けてくれる」
「最後まで人を信じて励もう」
 
山ぎわの小さな資料館で一人作業する私の、今はこれらの言葉が一番の友人である。
 
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