(pm 4:14)
いつもの五霊神社は大銀杏です。

四季を通して千変万化、様々な雄姿を見せてくれて飽きることがありません。

途轍もなく大きく感じる時もあれば、妙にちんちくりんに見える時もあります。
 そして、とても身近に暖かく包みこんでくれている様な時もあれば、しらっとよそよそしい時もあります。

樹齢八百年ですから、かなりの人格者?なのは、間違いありません。とはいっても、先方には先方の都合があるのでしょうから、いつもお愛想ばかり振りまいてはいられないようですが。。。。

(pm 4:16)
お隣は鎌倉の鶴が丘八幡宮にも、同じく樹齢八百年の大銀杏があります。
 こちらの大銀杏は、なかなか由緒正しいようです..........。

実朝を暗殺した刺客は、この大銀杏に隠れて待ち伏せしたと言い伝えられていますが、今から凡そ八百年前のことですから、その大銀杏さんの幹の太さは20cmにも満たなかったでしょう!?随分とスマートな、ナナフシの様な刺客だったに違いありません。

今、巷を賑わしている刺客とは大分違った様子ですが、今の方が物騒というお話も.........。
それにしても八百年も生き続けていると、さぞ色々なことを見てきたことでしょう。

鎌倉・安土・桃山・江戸そして、明治・大正・昭和・平成...........

(大正時代の逗子富士見橋  珠屋hp懐古寫眞舘より)
何を隠そうこの寫眞は、サボア・ヴィーブル店長の現在のお住まいの近くであります。

(大正時代の国鉄逗子駅舎......珠屋hp懐古寫眞舘より )
どう頑張っても、僕らの生きていられる時間は100年でしょう。平均すると80年程ですから、大銀杏はこの10倍。こういちゃうと大した事ないように聴こえますが。。。。そうでもないか?

それにしても樹齢800年は凄い!

考えれば『時』というものは、不思議なものです.....

大好きなアインシュタインの相対性理論によると・・・・質量の大きい星では、ゆっくりと時が流れ、逆に質量の小さい星では、時間の流れ方が速いということでした。

これは何も物理的な次元での『時』を言う訳ではなく、密度の高い(質量の大きい)経験をもった時は、走馬灯のように、そこでの物語が峻別されて流れ、細かなディティールまでも記憶に留まるような、感覚的にはゆっくりと時が流れているように見えるのではないでしょうか........

逆にどうでもいい様な、密度の低い(質量の小さい)経験は、殆ど記憶にも留まらず、さっと過ぎ去る様に見えます。

時の流れは、科学的に言っても、文学的に言っても同じ様に一様ではないという事実は、何故だか救われる気がします。理由はわかりませんが........

台風一過。暑い夏が戻ってきましたが、季節は日一日と秋へと移行しているようです。庭の虫の音がそのメタファーとなって伝わってきます。

お元気で........

(十五夜 pm 9:06)