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最近は、大袈裟ではなく、余命なるものも可成り具体的に意識に上がるので、持てる時間を何に使うのが最善かしっかり考える様になってきている。
 
そういえば、鎌倉彫の修行当時を除いて、毎日欠かさずスケッチ等美術に関わる修練を積んだことなかったなぁとふと気づいた。

それには訳があって、当時四六時中美術・美術で頭が一杯になり、今で言うワーカーホリック状態であることに気づき、これは、このまま行ったらロクな作品は造れないなぁと自覚してから、意識して美術以外のことに関心を向けたことによる。既に45年経ったので、その点素直に解放させ封印を解いて良いのではと。

紀貫之
日によるが、筆写しているときは、そう雑念は入らない(かな)。ただ、その時間を割くのが難しい。どの仕事と仕事の合間を縫えばいいのかの算段が簡単じゃない。
 今時で言えば、on-line shop を立ち上げるので精一杯で、集客をどうするかはこれからになる。大手企業の様に広告は打てないので、ここは SNS を有効に使うしかない。最も有効そうなのが、どうやら Instagram の様なので、2~3日前に登録を済ませ何とか画像をアップするところまで漕ぎつけた。

on-line shop が軌道に乗るには、ああでもないこうでもないを繰り返し、最低でも2年は掛かるだろうという腹積もりでいる。
そう、この筆写だが、習字と『芸術新潮』の本文の筆写という構成にしている。「かなもじ」は、古文書を読み解く勝手と似ていて、というか同じなので一粒で二度美味しい状態になり、何だか得した気分になる。

吉本さんの『心的現象論序説』を筆写しているときは、可成り緊張した構えで書いていたが、「ひらがな」となると、明らかに美術の領域に入るので、どちらかというと「遊び」に近い心持になる。とてもリラックスしている自分がいる。
芸術新潮(ひらがなの謎を解く)を筆写し読み進めると、初めて知ることばかりなのに気付き、毎日使っているひらがなについて、何も知らずに来たことが分かる。同時に「ひらがな」がオリジナルの漢字から派生するにしても、何故、今の中国の様な簡略化に向かわなかったのだろうといった疑問が湧く。

例えば「個」⇒「个」、「豐」⇒「丰」等。一方、日本の場合は、「安」⇒「あ」、「比」⇒「ひ」の様に、省略の中身というか志向性がまったく異なる。

中国は、物理的にというか客観的に文字の構成要素を少なくするといった方向に向かっている。一方、日本のひらがなは、人間工学に沿った、身体性を伴ったフィジカルに自然な運筆による時間の簡略化を狙っている。

固い言い方をすれば、文字(漢字)を空間的に捉える姿勢と、身体性を繰り込んだ時間としての簡略化を志向する姿勢の違いとも言える。
 
土師器に短歌(万葉仮名)
 
  しかし、何故違った志向をもったのかを考察してみると、単に「美意識」の違いといった予想とは違って、歴史的な事情があったようだ。

中国にも草書、狂書といって、平仮名に似た所謂「崩し字」がある。確か白川静氏が言っていた記憶があるが、楷書は、余りにも崩し字が行き過ぎて、元の字から余りにも離れ過ぎ乱れたので、オリジナルに還って元を正そうとした結果、後から生まれたスタイルだということ。

とすると、単に中国がドラスティックに元あった漢字を省略しようとし結果、筆数を減らす方向に行った訳ではなく、歴史的な事情があった故ということになる。事情によっては、平仮名が生まれる可能性もあったことになる。
 
 
懐素筆《自叙帖》 唐(777年)
 
  装飾の起源でも触れたように、「漢字」から「ひらがな」が生まれたとして、僕ら人間のもつイメージは、そもそも自律的な指向性をもつので、元あった漢字のもつ「視覚(知覚)」形象から遠く離れてゆく。では何故、元祖中国のように、単に画数を減らす方向へ簡略化しなかったのか.....。それは、文字に担わせた「意味」と「価値」によるのではないか。

『芸術新潮(ひらがなの謎を解く)』の筆者石川九楊(書家)によると、当時は今よりも男尊女卑が徹底されていた社会だったので、当然ながら文明発祥の地中国が上位にあり「男」、つまり大陸が「真名(まな)」(真字)、その影響下にあった日本は下位にあり「女」、つまり「仮名」として卑下し控えることが文化的独立を保つ戦略であったと述べている。

加えて、女性が漢文の読み書きを表向き禁じられはいたものの、「女手」の使用は開放されていたので、「仮名」を使うことで文化そのものは、男女を超えて広く広がり発展したという。そして、女性から女手で手紙をもらった男は、同じように女手で返事を書いていたので「女手」は女性専用の文字ではなく日本の文化そのものに深く染み渡って行くことになる。
 
 
奴隷に関するとおぼしき万葉仮名による文書(762年)
 
 
伝紀貫之筆
「ひらがな」が生まれる経緯は、当初極めて政治的な振る舞いであったことになるが、「仮名文字」が「女手」となり、最終的に「ひらがな」として自律するには何段階かの変遷と成熟があったはずである。そこに関与したのが、それらに「意味」と「価値」を付与する「美意識」ではなかったか。

女手は、倭(和)歌を中心とした表現の中で、ビジュアルなフォルムだけではなく意味の重なりも含みつつ、単なる「崩し」から「連綿・連続」へと繋がり元の漢字から離れて自律した文字へと醸成されていく。そこでは、「意味」と「価値」の無限振幅ともいえる運動(フィードバック)が展開され成熟してきた。故に、「ひらがな」は、単なる簡略化でも省略化でもなく、一貫した美意識による「表現」であったといえる。
 
   
   今回、新たに筆写(ひらがな編)をスタートしたが、日本において大陸の漢字が支配階級を中心に習熟され広まった所以は、朝鮮半島からの仏教伝来の後、「写経」によるところが大きい。一見機械的とも見える筆写も、故吉本隆明が繰り返し述べていたように「手を使って書くということ」は、ものごとを了解するということに繋がる行為なのだということ。

一年数ヶ月前、足利にいらした詩人吉増剛造氏に触発されて筆写を始めてみたが成程と納得する。
 「書き写す」ということは、身体を介して思考するということ。そして、「ひらがな」の源流に女手があったということも、フィジカルな意味での女性の筆圧と運筆の柔らかさが、必然的に生み出す流麗さ故ということになりそうだ。

明日もまた「ひらがな」の筆写がある。
 
 
藤原行成筆.... 平安時代
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