「翻」 1969年 73×142×15(㎝)
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本日、江刺さんのお嬢さんであるエサシトモコさんから「江刺榮一作品集」が届けられました。ありがとうございました。HPから問い合わせたところ、早速立派な装丁の作品集をお送り頂いたのでサイズやタイトルを加筆していきたいと思います。
「江刺 榮一」..... この名前を御存じの方はおられないのでは。鎌倉彫業界に所属する年配の職人さんならば皆さんご存じの方で、僕が鎌倉彫宗家博古堂に入った時の工房長でした。

当時の博古堂は、総勢36人を超すスタッフを抱え、僕の所属した彫刻部の諸先輩は、ほぼ全員、日展や現代工芸展に入選を果たした方々で占められ、漆塗り部は、これも伝統工芸展への入選を誇る面々でした。

当時の博古堂は、優秀な職人を抱えていたのと、小林秀雄や川端康成が株主という背景も手伝って、業界では一つ抜けた存在でした。僕ら社員は、給料の低さもあって大方博古堂の悪口に終始していましたが、無意識には他所では持てない確かなプライドをもっていました。

ブロックパネル 1971年 120×120×10(㎝)


図案
今考えると、相当恵まれた環境にあったと思いますが、当時は皆、株式会社の呈をなさない給与体系に不平不満を口にしていました。僕自身は、一日中刀研ぎや基礎的な修業であった線彫(3mm幅のⅤ字の溝を真っ直ぐに彫る訓練)をして給料をもらえるなら、一生このまま刀研ぎを続けていたいと本気で思って、それこそ一心不乱修業に励んでいました。

その当時の工房長が、今回紹介する故「江刺榮一」です。
 
ブロックパネル 1972年 163×104×15(㎝)
上の画像の作品は、僕が未だこの世界に入る前の時代のものなので現物を見たことはありません。僕が目の当たりにした作品群は「虫食いシリーズ」(僕が勝手に名付けたタイトルです)でした。現在僕が手掛けている 「Mushikui」シリーズは江刺さんの「虫食いシリーズ」から影響されたものではありません。というか、当時の僕は江刺さんとは馬が合わず「絶対に影響されないぞ!」と固く心に決めていたので、生意気にも彼の絵画的な表現を馬鹿にしていました。

しかし、この後に紹介します作品群は、45年の時を経て見ると素直に素晴らしいものばかりです。特に鎌倉彫の特徴である「浮彫」に傑作が多いことに気付かされます。
 

「渚」1968年 70×60×10(㎝)
 
当時から気付いていましたが、江刺さんの作品の特徴は、複数の法則性が法則律とでも言っていいように、それぞれが関係し合って調和をもって表現を成立させているというところです。加えて、良い意味でも悪い意味でも「絵画的」です。

下↓の作品も、厚み5㎝程の板材に大きくU字に極め彫(エジプト・ピラミッドに遺された浮彫と同じ技法)で表現されたレリーフです。波形(実はV字の線彫り)や直線が交差することで生まれる矩形や、峻別された隣り合う「囲み」に流れる線と色使いも深く計算されていて美しいです。しかし、流れる空気はとてもリリカル(抒情的)で感傷的でもあります。確かタイトルは「遠い風」だったように記憶していましたが正しくは「風の風景」でした。
 

「風の風景」1978年 154×94×10(㎝)
当時の僕は、そこが(抒情的なところ)が好きになれませんでした。危うさや儚さは、そのまま「弱さ」に直結するようで、この先どんなに厳しい世界が待っているのか不安も大きかったこともあって、若かった当時の僕はこれらを極力遠ざけていたように思います。すべてを受け入れる寛容性や包摂性をもつ余裕も強さもなく未熟でした。

時系列でいうと↓の虫食いシリーズの方が先で、「風の風景」は、そこから更にイメージが自律発展していった作品だったと思います。
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「風のかたち」1976年 160×60×15(㎝)




「風の道」120×78×10(㎝)程
 この虫食いシリーズを見たとき直感しました。新米だった僕は、少し先輩の順ちゃんと毎朝表の店の掃除をするのが日課でした。その店の梁は太い丸太でできていて、正しくその表面には広く虫食いがあったのです。これは先代の趣味で、敢えてそういった面白味のある材を使ったのだと思います。鋭い感性を持った工房長がこれを見逃すはずがありません。間違いなくここから霊感を得たものと断言します(残念ながら現在の店はリニューアルされたようで、この梁も残されていないのでは....)

玄関の壁?の様なところに下げられたこの作品ですが、立体といってもいいくらいかなり大きいです。断面を見るとふっくらした三角状から始まってやがて蒲鉾状の半円となり、大きくUの字にカーブして末端は矩形として処理しているところが憎いです。
 でも江刺さんは、下段の薄い材を使った絵画的な作品の方が得意ですし質は高いと思います。

「転結」1974年140×60×15(㎝)



「転結」の図案
彫刻の命に「量感」があります。僕が博古堂に入門した当時、最も影響を受けたのは木内隆夫という先輩でした。江刺さんとは対極にあって、この量感を存分に表に出す作品を手掛けていました。画像がないので残念ですが、当時江刺さんも、追い上げる若手の表現を気にしていましたし、自分の足りない領域であることも十分ご存じで、それ故、しっかり影響を受けていたように思います。

上の画像↑が、影響を受けたと思える作品です。三角状の断面から始まり半円で終わるのですが、少しずらして終えているところにセンスを感じます。そして、作品は↓の様に、今までのリソースが活かされ、それに絵画的な要素が加わって完結します。
 
「風の軌跡」1977年 167×58×15(㎝)


↑の線刻は、Ⅴ字ではなく丸刀を巧みに使って彫られています。デッサン力の優れていた江刺さんは、恐らくフリーハンドで彫ったはずです。 

僕ら木彫を手掛ける鎌倉彫にアイデンティファイする作り手は、モダンを志向する場合、その手本となるのがキュービズムになると思います。近代化以前、元は仏師だった僕らの先人たちは仏像を具象的に彫っていたわけですが、モダーンを西洋から取り入れた際、具象から抽象へと大きく舵を切ります。この時期、つまり具象と抽象を橋渡ししたのがキュービズムの表現です。そして、具象から抽象への離脱という意味ではヘンリー・ムーアやザッキンの表現が続きます。江刺さんの転換期も、ほぼ同じ経過を辿っているように見えます。

作品73」 1973年 170×90×15(㎝)

 
図案
近代化とは、ものを科学的志向で視ることですが、美術の世界にも当然この姿勢は取り入れられます。具象においては鼻のラインだったり、腰のラインだったりしたものが、凸と凹に分解され自律的に抽象化されていきます。そういった志向性の中には、情緒や喜怒哀楽のような感情の起伏はノイズでしかありません。正直、僕は江刺さんの絵画は余り好いとは思いません。荒涼とした、虚無的で感傷的な風景が好みではないからでしょうか。でも、そういった感性を出し辛い抽象的なレリーフは、プラスとなって収まるように思えます。

今回は詳しく触れませんが、晩年の江刺さんの試作は、抽象表現の中で排除整理してきた、人間の生で未整理な感情をもう一度拾い直す作業のように見えます。それは、生まれ故郷である東北の厳しい自然から生まれた感受性に重なるもので、僕ら関東に生まれたものが荒涼とした風景と感じようが、虚無的と感じようが、賢治の様に「雨にも負けず風にも負けず」ただ寡黙に自然を受け入れてゆく有り様なのだと感じます。
 
2016年 心象風景
  こういった才能あふれる作り手が、嘗て鎌倉彫業界に、そして日本の現代工芸界にいたということを僕らはもっと広報するというか、周知した方が、日本の工芸界・美術界にとっても良いことだと思います。どういう訳か、これだけ才能あふれる方でしたが、日展や現代工芸展では大きな賞を受けていません。芸大派閥等があったとはいえ審査員は何を見ていたのかなぁと思います。確かに僕とは馬が合わなかったのは確かですが、そのことは作品の質とは本質的に異相なので、もっと正当に評価されるべきだと思います。
 
 江刺榮一氏の作品に興味ある方は、リンクを張りますので、是非「江刺榮一作品集」をご覧になってください

最後に、江刺さんの美意識に異和をもっていた当時の僕ですが、100%抵抗していたわけではなく幾つかの「美」に関してのヒントも頂きました。ひとのもつ「色調」は生涯変わらないということ。そして、作品を作るうえで重要なのは、これだ!といったアイデアが出たとき、それだけで満足するのではなく、あと100パターン深めて完成まで持ってゆくこと。この言葉は、実行に移すのは厳しすぎて難しいのですが、今でも制作に当たって必ず口ずさむフレーズです。

最後に、今回加筆するにあたって、お嬢さんの美術家エサシトモコさんから貴重な「江刺榮一作品集」を頂き、あらためて江刺さんの人となりと個人史を知ることができ幸運でした。この場を持ちまして感謝の念をお伝えしたいと思います。ありがとうございました。
 
「風の風景」1978年 154×94×10(㎝)