茨城県大子産の漆 |
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画像はお弁当ではありません。安倍川餅でもありません。この四月にオープンした茨城県は大子町のNPO 法人『 麗潤館』を通して、最後に残された現地で採取された昨年の遅漆を分けて頂きました。こういった状態で送られてきました。 これは原液(生漆)なので、キメ細かな漆にするため「なやし」という工程を必要とします。使い方によっては、生漆のままでも問題ありませんが、そう安いものではないのでより質の高い状態に調整して使いたいものです。 そこで「なやし」という漆の精製工程があるのですが、むかしは、大きな木べらで撹拌しながらゆったりとなやしていましたが、今はそんな流暢なことをしていられません。専門の業者は、コンクリートミキサーと同じ構造と機能をもつ攪拌機で大量に「なやし」を行います。 |
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漆が飛び散り被れた腕..............この二十倍ほどでしたが、大分よくなってきました |
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実は、経験上撹拌を繰り返すと漆の肌理が細かくなり、良質な漆にみられる真珠の様な光の反射の仕方が生まれることを知っていました。大分前に、中国産の漆の質がガクンと落ちたことがありました。先方の仲介者が、良い漆、あるいは良い漆のとれる地域をこちらが指定しても質の悪い漆が売れ残らないように、予めブレンド済みの漆しか輸出しないようになった事が原因ではと想像します。 「ならば自分で質をよくしてみよう・・・」と始めたのがハンドミキサーで撹拌することです。このことで可成り質を上げられた覚えがあります。 ただし、漆の粘度が強くなり、とても塗り辛くもなります。 僕は、鎌倉彫出身なので回転ムロを使う習慣もありませんし、実際使った経験もありません。でも、漆は成るべく厚く塗りたいという願いもあります。そうなると厚く塗っても”ちじむ”ことなくしっかりと硬化する漆が必要になります。この要求に上手く合致するのがハンドミキサーで撹拌した漆です。水飴の様に固くなるので、他の漆とブレンドして使うようにしています。 |
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姪の結婚祝いリクエスト...................乾漆盛器 |
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この四月に銀座石川画廊で個展を開いた際、滅多に上京する機会もないので、いつもお世話になっている会津若松のALTE MEISTERさんまで足を伸ばした。いろいろご馳走になった際、高度成長期に10万本植栽した漆の樹が4万本掻ける状態に育っていて、さてどうしたものか・・・という状況だとお聞きしました。 僕の家のご近所にある、夜久野NPO 丹波漆では、今年掻ける漆の樹が十数本しかないということは昨年伺っている。一人の漆掻き職人が生活を支えるには400本〜500本必要だと茨城の大子でもお聞きしたが、夜久野では十年ほど前に植栽した漆の樹が、数年後に Max の100本になるということらしい。これとて漆掻きを生業に出来る数には遠く及ばない。 ここに来て、中国産の漆が値上がりをしているが、だからと言って5倍以上する日本産に全て乗り換えられる訳もなく、中国産98%・日本産2%という状況は今後も続くと思われます。データを見るとパーセンテージは変わらずに推移していますが、その絶対量は年々減少し続けています。これは、生産量が落ちているということと並んで、廃業をしてしまった塗師屋さんが毎年出ていることを意味します。 同じように木材価格も上昇し続けています。椀の木地代が1000円〜2000円として、そこに漆代が加わる訳ですから、いくらアベノミックスと叫んでも漆工芸の厳しさは改善する方向へ向かっているようには見えません。 |
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2013.08.06...................夜久野 |
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基本的に、僕が日本産の漆を使うのは、質の良さというより日本から漆掻き職人が消えてしまわないように・・・・という思いからというのが本意です。出来れば使う漆全てを日本産にしたいぐらいですが、作品に付けられる価格と様々な原材料費とのバランスを考えると5倍〜10倍もする日本産漆だけで仕上げる訳にはいきません。この辺のところはとても難しいところです。 昨日「古文書教室」があったのですが、いつもの様に講義の後、講師の森田先生と受講生数人といつもの喫茶店に寄りました。その時先生にお聞きしたのは、この地朝来市山東町でもたくさんの漆が採れていたようで、わざわざ植栽したものではなく山に入ると点在していて、その数も多かったので漆掻きを農業と兼業で生業としていた農家も多かったようです。僕ももう少し地域に知り合いを増やして何年か後には、この手で漆を掻いてみたいと思っています。 |
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いろいろ忙しくてようやく昨晩、意を決してご近所の「ホタルの里」まで出掛けてきました。ご近所の方々は恐らくホタルなど日常なのでしょう、あまり話題にも出ません。僕は三十年振り位でしょうか。子供たちが未だ小学校にあがる前だったと思います。千葉は大原の知り合いのところで真夏?だった様な。。 その時は、ホタルの観察の仕方など全く知らなかったので、地元の方は絶対に行かない(マムシが出るので)竹藪でクリスマスツリーの様に明滅し群生する蛍の傍まで寄って「凄げ~」といって眺めていました(危な!)。 それに比べるとこちらの蛍は素朴で、遠慮がちに奥ゆかしく明滅していました。記憶は反復を繰り返し再生されるものなので、過去に観た蛍は脳裏に鮮明に焼き付いています。おまけに昨年読んだ「ノルウェイの森」に出てくる象徴的なシーンが重なり、何とも儚いその美しさにしんみりさせられてしまいました。蛍は大勢で押しかけ、ワイワイ言いながら観た方が好いかも知れませんね。 |
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真っ暗だったのでいいショットが撮れませんでした。カメラのダイヤルがどこなのか見えないとアウトですね。ラジオ付懐中電灯も携帯したのですが、暗くてスイッチが分からず、うっかり闇夜の静寂を破るようにけたたましくサイレンを・・・・ 「ウッソ、マジ!」・・・・民家が迫っているので、人差し指を立てて「シー」って言ったのですが知らん顔 ×× 消すのに一苦労;;; | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
先週末「殷墟文字を使って My 椀を作る」を地域の成和会(青年会?)の会員の方々に向け企画。前日に三名の追加参加があったのと、殷墟文字の解説を皆さんに分かり易くする工夫をしていたら、資料作りに思いの外時間を食い、おまけに資料をコピーするのに我が家のインクジェットプリンターが無茶遅い。。なので遅刻。神戸新聞さんから「取材で遅れます」という連絡を頂いたのとほぼ同時に会場に入りました(丁度良かったです;;)。 子供会と違って、大人の皆さんは呑み込みが・・・・良くはありません;;でも、殷墟文字の解説を気を使わずできたのは良かった点です。子供会の時は「眞」のつく娘がいたので、まさか”死体と行き倒れの様”が文字の意味ですとは言えませんでした。 「幸」という字が手枷(木の棒で作った手錠)の形から来た旨の話が前振りで、皆さんけっこう食いついて来て下さったので、その後はとてもスムースに解説に入って行けました。 当日は、僕の発案で記者さんにも My 椀を作ってもらうというサプライズも用意。記者さんから今日届いたメールには「みなさ |
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6/18(水)遂にここ金浦地区のイベントが神戸新聞の朝刊に掲載されました。記者さんのメールによると、本社に今回の企画の面白さを伝えて下さり、特例として写真三枚の掲載を意見具申。目出度く採用され大きくスペースを割いていただきました。「目だったものが何もない金浦を宣伝して下さりありがとうございました」という区長からの直々のお言葉も頂き「いや、これからです」と伝えました。 以下↓にアクセスして頂くと記事がご覧になれますので是非どうぞ(6/18限定かも知れません)。 http://www.kobe-np.co.jp/news/tajima/ (甲骨文字で汁椀に名前 住民が書き入れ体験 朝来 06/18 05:30 ) とても丁寧な取材で地区の皆さんは大喜びして頂きました。人の役に立つということは、この上ない幸福です♪ 本日、東さんご自身のインタビューを基に作った文化人の近況紹介コーナー「essence |
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「麗」 |
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この一週間、盛りだくさんのことがあり「日本産漆」について深く言及できませんでした。そして、これからの漆工芸界にとって「日本産漆」には触れなければならない課題が山積みです。 その一つに、今後数十年にわたって中国との関係は良くなるとは考えられないので、98%を中国産の漆に頼っている現状は、もの凄いリスクだということがあげられます.。だからと言って業界を挙げて漆の樹を植栽しようという流れもありません。岩手浄法寺と茨城大子のわずか二か所でで日本産漆の98%を占めるという状況がそれを裏付けています。 グローバル化という大きな状況としても、伝統工芸の難しさという小さな状況としても、何れも厳しい状況は続くであろう今の漆芸界の中に身を置くと、最も確かなリスクヘッジは、自分の手で漆を掻くという事態では・・・・というシンプルで正当な答えが出てくる。 そして偶然なのですが、僕の住む地元が嘗て盛んに漆が採取され、それを使った漆器が大量に生産されていたという史実は、何故か偶然と呼ぶには出来過ぎている様でもあります。 今回の「殷墟文字を使って My 椀を作る」という企画で、地域の方々ととても親密になることができ、そこからご近所で漆掻きをしているという工芸家の方とわざわざコンタクトをとって頂き、また新たな繋がりが出来そうです。これは、今後に向けて自分が考えている以上に大きいことかも知れません。 |
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さて、昨晩一部欠席の方を除いて(お子さんが陸上競技の県大会に出場のため)先日錫蒔絵を済ませた椀の研きをしました。こういった作業は、単純なのですが、磨げば磨ぐほど輝きを増す錫に、皆さん子供の様にその眼を錫以上に輝かせて黙々と作業を進めて仕上げていました。 「ここまで光ると嫌味なくらいですね~」と声掛けすると、もうニンマリです♪丁度梅雨時なので漆の乾きもよく皆さんとても満足して帰られました。それを確認して、こちらもニンマリです♪ 正直言って、僕自身は表現一般が好きなので、特段漆という素材が他の素材より好きというわけではありません。もちろん嫌いではありません。と言うより、この素材は自分の作業姿勢にピッタリだと思っています。つまり、せっかちな割に基本のんびり屋なので、とてもスローモーな作業となるところが自分に合っているのです。 |
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磨き...............金浦公民館 |
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ということで、何故か漆という素材に導かれ、今まで以上に魅惑的な素材としてウルシが自分の目の前に立ち現われて来たことを感じる今日この頃です。 本日は、朝五時起きで「近つ飛鳥博物館」に古文書教室の方々と出掛けてきました。 目覚ましを掛け、そのけたたましい音に起こされたまでは好いのですが、「あれ?この時間、どこと、どこの試合だったっけ。。」と W-CUP の放映時間と間違えて寝ぼけてしまいました;; 今回のブラジル大会ですが、椎名林檎の応援歌が素晴らしすぎて日本代表の試合が霞んで観えてしまいます。とにかく過去から現在、そして未来(他界)までのキャパの絶対値をその詩は持っています。彼女、ちょっと次元が違うな~と感じています。 ・・・・・・・・・ ほんのつい先考えて居たことが古くて 少しも抑えて居らんないの 身体まかせ時を追い越せ 何よりも速く確かに今を蹴って 噫また不意に接近している淡い死の臭いで この瞬間がなお一層 鮮明に映えている 刻み込んでいる あの世に持って行くさ 至上の人生 至上の絶景 ・・・・・・・・・・・・・ 大体、応援歌に「死の臭い」とか「あの世」とか言うか。凄すぎる。ほんと彼女はいつも懐にドスを呑んで生きているね。 本当にいい作品と言うのは、作品そのものの中に、そのものを破壊否定し乗超えてゆく要素をいつも持っている…と言ったのは、我が吉本隆明です。彼女の詩はカッコ良すぎです。 本田も香川もまるで修行僧の苦行の様で観ていて辛いです。 なので僕は SAMURAI BLUE を応援しますが、もう勝敗を云々するのは止めました。応援していたスペインは予選敗退。イギリスも同じ。C・ロナウドのポーランドもやばい。そして、前評判通り南米、速くて上手くて強いです。今更ながら感心しています。オシムじゃないけれど「日本の選手は相手をリスペクトし過ぎる」。正しく至言。もっとおちょくってプレーしてやりゃーいいのにみんな遊びがなくて真面目。性格だね。。 ということで長くなりました。 W-CUP 面白いのはこれからです。 では、では。 |