パーフェクトとは、こういうものを指して言うのだろう。



作品内容は未だ未だ進化すると思うが、「研ぎ」に関しては完璧と言い切っていいと思う。それ位、和生園 の黒川君?の研ぎは兎に角凄い。

仕上がってきた『落書き錫研折敷』は、僕の理想とする心象にある正しく”それ”だった。決して自分に引き付け過ぎて、思い入れが強く正しく判断が出来なくなっている訳ではないことは、ものを見れば分かるはず。この四月に石川画廊さんで個展を持つので是非ご覧いただきたい。

場所を銀座は8丁目から7丁目に移った石川画廊さんは、以前に比べ大分スペースは狭くなったが、作品がそうたくさん準備できそうもないので、『厨子と小品展』と銘打ってやるには丁度いい感じでしょうか。
 
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錫粉を使い始めてどの位経つのだろうか。。初めての個展のDMが錫蒔絵の盆で、それ以前から錫を使っていた訳だから・・・・36年ほど使い続けていることになる。本当は「銀」を使いたかったのだがお金がなかった。仕方なく銀より廉価な錫粉を使うことになったが、使っているうちに銀より優れた点にたくさん気づくことになる。

まず錫は、銀の様に黒ずまない。それに金属の割には温かく感じる。そして光沢が渋い。結果オーライかな。

以前は、錫を使った作品など見ことがなかったが、ここに来てブレイクしているそうな(ネットで知りました)。でも、仕上げは僕のような風合いにはなっていないはずだ。ここまで来るのに36年掛かったのだから。。でも研ぎに関しては和生園 さんには36年分を一気に追い越されてしまいました;;もう脱帽です。黒川君?とそのサポートにあたったスタッフの方々の熱意の賜物で、その技術を呆気なく追い越されたことは素直に嬉しいです。結構苦心惨憺して苦労したんだけどな~。
これ↑小動物の解剖ではありません。実は、このところ親しくして頂いている茶堂の大銀杏の 世話人Mさんです。そして、もちろん僕のお弟子さんでもありません;;



楓の木の根っこ?を置物というか銅(あか=銅製で作られた筒状の花入れ)を落として花活けにしよう・・・という算段の結果、せっかくなら「摺漆」で仕上げようということのになった。それでわが工房に通うことになり、せっせとゴム手袋をして被れないよう作業中です。
時々声掛けしないとMさんは寝ています;;;集中すると寝るタイプ?

僕は、「和生園の黒川君に叱られますよ! 」と言って脅かします。その黒川君、先日養父市に用事があった帰り施設に寄って現場に通して頂いた。所長に「どなたが仕上げて下さったんですか?」と伺ったところ、僕のすぐ隣で一心不乱に作業している青年(といっても見た感じ16〜18位)で、僕が肩をたたいて「ありがとう!」と声掛けしたらびっくりした様子で振り返り、直ぐまた作業に没頭してしまった。



これだよ、これ!

小さい頃よくオヤジに叱られた。何かに夢中になると外の音や状況が全く自分に入って来なくなる。なのでオヤジはそんな僕を気味悪く思ったのかもしれない。よく叱られました。すごい理不尽で不当な扱いを受けたと記憶してます。何かとても大切なものを非難された様な心持でしょうか。これってとても優れた特性だと思うのですが、一般人には”欠点”に映るらしく小学校の頃の先生担任にもよく思われていなかったと思う。いや、二つのタイプに分かれていたと言った方が良いかも知れない。



”おもしろい子だな~”と思ってくれた担任には、特別に僕だけ担任の生まれ故郷に旅行に連れて行ってもらった。その前の担任には授業中の態度が悪いと横ビンタを食らった(未だ二年生の時に)。人間自分の認識のキャパを超えるとリスペクトするか忌み嫌って否定するかどちらかだと思う。

Title: 「Resumption」........... by Gaku Ishii
没我と言うが、そもそも人が”もの”を作ることに夢中になるということは何を意味しているのだろうか........


いろいろなことが言えそうだ。

でも、ここで言いたいのは”夢中”の質。

一番掴みたいのは、あるいは知りたいのは、「評価」を超えたところにある表現の有り様。あるいは、お金に還元されない表現の有り様・・・・・。そして、その先にある経済と労働の関係。難しく言うと「労働と賃金」「価格と工賃」「労働の対価」。

いや、労働と離れたところにある「工作」かも知れない。


何が言いたいのかというと、「夢中」の中身を知りたい訳です。直接的には、和生園の黒川君の、あのひた向きさは一体どこから来るのか..............。


「賃金とは労働力という商品の価格である。本来労働は、人間自身の生命の活動であり、自己実現なのだが、労働者は他に売るものがないので生きるためにその力を売ってしまった。したがって彼の生命力の発現の労働も、その成果である生産物も彼の物ではなくなっている(労働・生産物からの疎外)。」

・・・・・「資本論」に至る直前のマルクスの基本理念だそうです。

考えさせられます。。

「昼の月に恋してしまう君は........。」       by Hideo Azuma
あっりゃ、Mさんがウルシに被れてしまいました;;; 大したことはないということですが、ちょっと心配です。僕の取って置きの妙薬を差し上げますと伝えたところ、以前、秋田やお隣福知山の森林組合で働いていた時もよく被れたということで、その時の処方薬があったのを思い出して使ってますということで一先ず安心です。



立春も過ぎ、この辺りでは節分に巻き寿司を食べる習慣があるそうで、先日Mさんが花器の摺ウルシにいらした折僕にも用意してくださり ↓ 美味しく頂きました。こういった歳時は是非とも絶やさず続けて欲しいと願っています。

そして、思い出しました・・・・僕のおふくろは、料理とかは決して上手ではありませんでしたが、柚子湯とか菖蒲湯は毎年欠すことはありませんでした。普段あまり意識することもないのですが、こういった歳時を絶やさず励行してくれたことは、僕の感性を深めることに貢献してくれていると遅まきながら感謝しています。
 
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そう、”夢中”の中身でした。

適性もあると思いますが、人が与えれれた仕事を一心に作業し続けるということは、「能力」なのか、果たして誠意を持ち合わせた「性格」なのか・・・・・。

僕ら健常者を質の高い仕事に向かわせる動機付けは、概ねお金という対価になる。一般に能力の高さを測る分かりやすい尺度にお金を使う。その典型にスポーツ選手の評価が上げられる。年俸何億とか、契約金何十億とか、すべてお金の額がその選手の評価と重なる。とても分かり易い。

では、「やくの木と漆の館」のスタッフと同じ額とは言え、黒川君の「研ぎ」の価値が市場原理では時給数百円にしかならないことの意味は。どう考えても研ぎ上がった落書き錫研折敷を見ると、市場原理ではどうしてもコボレてしまう大切な何かに気付く。これは「お金」という尺度には引っかからない「何か」なのだ。

この「何か」が、実は芸術というお金に引掛りにくい人の行為に重なっているように思える。もちろん、芸術もあっさり市場原理に飲み込まれ、お金でその価値を測られてしまう。それはそれとして、芸術(一般的には美術)に親和性を持つ人間は、非マーケットに向かう指向性をもつ。つまり、お金では測られない「何か」が美術或は芸術には含んでいるという直感だ。そして、その「何か」は人間の本質的「何か」なのでは・・・・・。

折敷裏についた黒川君の作業痕=指紋です............熱入ってます♪
もちろん「研ぎ」という作業そのものは芸術でもなんでもないかも知れない。でも、その「研ぎ」を綺麗に仕上げようとする姿勢そのものは、感動に値する。単純に研ぎ上がった折敷を見れば「やば!綺麗~」と声に出てしまうかもしれない。


「きれい」という概念は美の根本だ。人はどうしても輝く金属に魅かれる。これは理屈抜きだ。となると研かれた錫粉は「綺麗」を支える重要な要素になっているはず。そして、その作業を進めた者は、美しいものを作り上げることに積極的に加担している。

何が言いたいのかというと、僕は今まで木地を轆轤木地師に仕上げてもらっても、その他の作業は一貫して自分一人でやってきた。息子が体調を崩した時、多少(といっても5年近く)仕事を教えて一部担ってもらったが概ね一人でやってきた。今、和生園というサポート先を得て、今後一人という作業形態ではなくコラボレーションという有り様の可能性が見えてきた。これは双方に利があるシステムだ。

僕にとってこの流れは今後に向けて大きな転機であり、新しい展開の可能性を広げる大きな意味を持つ。
 
さて、関東は昨日今日と大雪だったそうな。こちら山陰もかなりの雪でした。大黒天の瓦も雪で重そうです;;僕はもう慣れました。

本当は、もう少し綺麗に仕上げるということに関連して、それが労働の場に置かれたときどの様に変異してゆくのか、あるいは疎外されてゆくのかまで辿り着きたいところですが、紙面がというか、web 面が長くなりそうなので、また別の場所( essey etc)で触れる事にします。


今までになく深く、とても充実した日々を送っています。ここは見えない神に感謝というところででしょうか。



では、では。

Mさんの奥さんに頂いた Valentine choco です♪