夜久野..........am 6:30 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
人生は、どう転ぶか全く予想できないもので、加えてそれに偶然が加わると正しくラビリンスと言えます。 とても気に入っている僕の家は、築100年近いかも知れません。お隣のご主人(鹿の角を下さった方)とお話しをしたときに「この家は、三宅さんが生まれたときには既に建ってましたか?」とお聞きしたところ「ああとっくに建ってたよ」ということでした。彼は64才ですから恐らく80年位は経っていそうです。 この家の元の持ち主は、偶然ですがついこの前まで僕が住んでいた逗子に数十年前に転居したそうです。なので、ご近所の皆さんは、そちらの繋がりで僕がこの地を選んだとばかり信じていました。その方も”三宅”という姓で既に亡くなっていますが「きっと三宅さんが呼んだんだね。。」とこの因縁に僕も皆さんも納得しています。 |
Home in dex essay +column+ 2009 & 2012 Today's image index |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この家を守る鬼瓦 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
一目惚れだったので契約前、”一時の気の迷い”かどうか当地で目を瞑って瞑想し自分に問いただしてみました。「この地は君を待っている」という声が聞えたので決めました。 何だか怪しげな話になってきましたが、危ない奴だと思われたくないので普段は口にしませんが、昔から霊感が強いタイプです。特に窮地に追い込まれたときに冴え渡ります。................とは言え、大切なのはこれからです。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この地域は「漆喰」の家が目に付きます。先週、お隣の町「養父市」の大屋というところで美術のイベントがあると「やくの木と漆の館」のスタッフの方にDMを頂いたので出掛けてみた。 道々漆喰の素敵な古民家があるものとキョロキョロ道の両端を注視したのですが、どうやら漆喰を使っているのは僕の住む近辺(お隣の福知山を含む)に限定しているようで古民家はあっても外壁は新建材だったり、良くて焦げ茶色に塗装された板材だったりで漆喰は殆ど見あたらない。 視線はどうしてもお気に入りの自宅と比較してしまう.......それがないのです僕のところ以上に素敵な古民家が。。ちょっと身びいきが強いのは地なのでお許しを;; 実は、この地にもう一軒お気に入りの物件が出たんです。福知山の古民家を修復する業者の社長さんが仲介する物件で、そこもなかなかでした(その方に「やくの木と漆の館」の存在を教えて頂きました)。この物件の写真を大工牧野に見せたところ「俺ならこっち選ぶな」と言うくらい良い物件でした。 確かにガレージには車が二台入るし、石垣も立派で部屋数も多く、難点と言えば外便所だというくらいでした。もちろん僕のところと一緒の「ぼっとん便所」です。「東さんなら素性が知れているのでタダでもいいくらいです」とも仰って頂きましたが、今の家ほど呼んでなかったのです。 この社長さんとは、これからも縁がありそうなので大切にお付き合いしようと思っています。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
伝えたいことが山ほどあるので、他の人には些末などうでもいい話をしているような気がしますがご勘弁を。 今日、漸く転居の通知を印刷し終えました。NPO 法人「丹波漆」の入会パンフを同封したかったので印刷に手間取り10時間以上掛ってしまいました。結局、コメントを添えてクリアファイルに入れ終えたのが夜の8時。昨日今日とこの作業で潰れて仕舞いました。でも生涯にそう何度もないことなので致し方がないですね。。 ところで、ここ朝来市には紹介したい名所が沢山あります。竹田城跡などは、関東の人間には全く知られてないと思います。もしこの遺跡が鎌倉にあったならば間違いなく世界遺産に推薦されたことと思います。 高度資本主義社会の日本では、市場原理が徹底しているので取材にかかるコストでマスコミに載るかどうかがほぼ決ってしまいます。関東から、ここ朝来市まで足を伸ばして取材に掛けるコストは、それに見合った効果が期待出来るかどうかの判断が難しく、それ故メジャーな雑誌等では取材コストとリスクの少ない既成の同じネタがぐるぐる回っているだけになります。そして、雑誌は終焉に向うことになります。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ずっと向こうの左端の石垣の上に人が居るのですが.....見つけられますか。。 竹田城跡の桜 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
竹田城跡から望む朝来 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
上の画像は、新天地に移住を決める前に訪れた朝来市の名所竹田城跡です。果して関西地区の方もご存じないのでは・・・・と勘ぐったりしています。 こちらに来てからは、新しい住まいの基盤整備で近隣にある名所旧跡を訪ねる余裕がありません。後一月ほど経てば、もう少し余裕が出るでしょうから古墳巡りから始めたいと思っています。それでも多少余裕が出て来たのかズボン(今日はくそ暑かったのでハーフパンツ)のポケットに必需品として常時”ボールペン”カッター”ライター”メジャー”メモ用紙”、そして”携帯”を持ち歩いていたのですが、今日は携帯のみ。固定電話も引けたので特に携帯も必要なくなった。 都会では、人が一番物騒というか危険要素?なわけですが、ここでは様々な小動物(ハクビシン・野鼠)猪・熊・猿そして、鹿等)になります。昨晩も床に入って灯りを消し、暫く経ったところで寝床の上の屋根からゴソゴソと屋根裏に侵入しているような音が聞えます・・・・。懐中電灯片手に二階の小窓を開けて珍客を威嚇しましたが大して効果がなさそう。今日の夕方涼しくなってから侵入口らしきところを板で塞ぎました。一晩様子を見ようと思います。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
茶すり古墳 墳墓頂上 埋葬物 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
昨晩は、終日びっちり仕事をしたので闖入者を確認するまで起きていられずバタンキューでした。多分修繕か充分だったので屋根裏に侵入することは無理だったと思います。二階には書籍や僕にとって大切なものが収まっているのであまり荒らされたくはないのですが・・・・・。 先程竹田城跡で、なかなかのショットをアップするのを忘れました。以下 ↓ にアップします。遥か遠くの山の稜線上に竹田城跡が微かに写っているのですが・・・・web では確認出来ませんね。。この地域では「天空の城」と呼ばれています。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
今日も暑かったですね~。日射しを避けて駐車場の屋根の下で作業していました。直射日光を避ければ外の方が遥かに涼しいです。どういう訳か(たぶん暑すぎて)ヤブ蚊とかに喰われることはありません。一応蚊取り線香は焚いていますが。。 ここは都会ではないので、あまり遅くまで音の出る作業は出来ません。6:30には終えました。Mushikui-Zushi ・・・・・一日おいて明日細かい点の修正をしようと思います。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Mushikui-Zushi ............... 身の丈にあったいい佇まいです♪ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
一昨日は、やばかったです;; 外でやらなければならない仕事だったので屋根はあるとはいえ、仕事が佳境に入ったところでクーラー設置のため電気屋さんが見えたのでそちらに扇風機を譲ったのでやばかったです。 離れの午後の室温は多分36℃を越えているので譲らないわけにはいきません。 夕刻疲れのためかイライラしてきて掃除機に当たってました;;あっ疲れてるなと我に返り設置してもらったばかりのクーラーで頭を冷やしました(頭を冷やすために設置したのではないのですが・・・・)。 でも、暑さは得意です。とはいえ無理は禁物。今日の午後は、離れのクーラーのある作業場に移動。身体に負荷を掛けない環境で仕事を続けました。急激な気候変動は身体に毒。意識してサプリメントをとりました。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
以前、 Mushikui シリーズは、シロアリの喰った痕で、その後「書」のイメージに変容して制作している旨の話をしたことがありました。ついこの前、どうもMushikui
シリーズは、違ったところからインスピレーションをもらっているな~と気付きました。それは、ずうっと昔『芸術新潮』かなにかに載っていた「竪穴式住居跡」が脳裡に焼き付いて無意識にまで落ちて「今の表現」を規定しているということです。 先日、漆搔きの時お世話になった岡本さんに僕の椀を差し上げたんですが、そのお礼の電話を頂きました。そして話は縄文の漆搔きの話になりとても盛り上がりつい長電話になってしまいました。そのとき冊子「漆の考古学」の話になり、是非紹介したい旨を伝えたあと、36℃の二階に上がり未整理の段ボール箱を掻き回して捜したのですが見あたりません。どうやら逗子に置いてきたようなのです。そのとき再び「竪穴式住居跡」の画像に出会いました。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
本当は、もっと美しい「竪穴式住居跡」の画像があるのですが今は見つかりません。いつかご紹介したいと思います。 |
Home index essay +column+ 2009 & 2012Today's image index page top |