6月30日                    ありがとう「社会思想社」

 「社会思想社」が、6億8千万の負債を抱えて事業清算することになったという記事が目に飛び込んで来た。  

 ここに、座右の書と言っていい一冊の詩集がある。
 もう十代の頃から、三十年以上ずっと僕に付き合ってくれている『中也のうた』(中村 稔 編著)だ。

 僕にとって、ずっしりと重い大切な記憶の詰まった、この中原中也の詩集が実は「社会思想社」の発刊だ。

前々から、新しく再販されたら買い直そうと思っていたが、もう既に絶版となってから久しい。
 中也の詩を、これほど丁寧に且つ正確に、微に入り細をうがち中也の個人史に添って解説し、紹介しているものは他にない。(僕は、この詩集によって小林秀雄と長谷川康子、そして中也との救いようがない地獄の恋愛関係を知った)。

 時々、同じ編集者・中村 稔氏のものが他社から出ているので目を通し、実際購入したものもあるが、この「社会思想社」から出た『中也のうた』を凌ぐのもは無いし、今後も出ないだろう。

 そして、実は日本文化論の古典『菊と刀』を出版したのも、この「社会思想社」だったということを今回初めて新聞記事で知った。

 時代は、無情に、そして無常に移り過ぎて行くもので、過去にどんなに素晴らしい功績を残そうが、「今と」いう状況の中で時代のニーズに応えられなければ撤退するしかない・・・・・・・・

 社会は、能力主義となり、常にマーケットの状況を正確に掴み,そして迅速に旬の情報を新しい商品へと繋げて行けなければ、特に厳しい状況が続く出版界にあって延命出来ない。
今では、「年功序列」も遠い昔の懐かしい話だ。人と同じく「会社」という生き物も「老いること」の価値は、ますます失われていく・・・・・・・・・。

 「社会思想社」は、頑なにカルチャー(文化)が人を人たらしめるといった理念で出版会社を興したものと思う。

福武書店のように「受験雑誌」や「コミック」をベーシックなところに据え、もう今や「趣味」となってしまった「カルチャー(文化)」を提案し続けることは出来なかったのだろうか・・・・・・・。つまり、世の中がサブカルチャーへ移行してしまったことを理解したとしても、やはりこの現実を受け入れられなかったのだろうか・・・・・・。

 しかし、それも美学だ。終わりは、必ずいつか来る。
 とても残念だけれど・・・・・・・

        宿 酔

  朝、鈍い日が照ってて
     風がある。
  千の天使が
     バスケットボールする。

   私は目をつむる、
     かなしい酔ひだ。
   もう不用になったストーブが
     白つぽく銹びてゐる。

   朝、鈍い日が照ってて
     風がある。
   千の天使が
   バスケットボールする。

               (中原中也)

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