渋い系

常滑の土は、その大半が多くの鉄分を含有しており、耐火性にも劣っている。そうなると華麗な絵付けを施すことが難しい。さらに高温で溶け、結晶をもたらす釉薬の秘色にもあまり向いていない。

勢い、この原料からくる制約を受け入れざるを得なかった前近代において、常滑の土で表現される美は、いわゆる渋い系のそれであった。そして、この渋さの美についてのまともな説明を目にしたことがない。

「恐らく最も発達した鑑賞眼に満足を与えるものは[下手物]であらう。なぜならそこには[渋さ]の美があるからである。無想の美がある。自然そのものの象徴があるからである。」とは柳宗悦だ。

下手物を上手物の上に置く柳の言説もかなり屈折しているが、下手物が熟練した職人の機械的な身体運動から生まれる無念夢想の作物であり、そこに美を見出すとすれば、たしかにそれは自然そのものの象徴とするのも肯ける。だが、それが「渋さ」とどう結びつくのかがいま一つ判りにくい

「彼らは[下手物]以外のものを茶器に選んでをらぬ。あの[大名物]は皆数銭もしない日常品たる[下手物]である。茶室と雖も民家の美が規範である。彼等は[民]の世界に最高な美の姿を見た。渋さの美。玄の美を見た。この玄境に遊んで静慮三昧に入った。茶道は美の宗教である。」

引用は先のも含めて「工芸の道・概要」昭和2年からだが、「玄は奥深い道理、清く静かなこと、そして老子の学説」と辞書にある。老子の美とは神仙の美に関わるか。たしかに金ぴかではなく山奥の自然の楽園がイメージされる。草庵の茶の渋さと繋がるかな。

なぜ金ぴかではなくて燻し銀を好むのか。まったき形より崩した形に惹かれるのか。「花は盛りに 月は隈無きをのみ見るものかは」と反語的に満月や満開の花ばかりが見所ではないとは兼好法師の屈折した美意識の反映である。

これは、利休居士より200年以上も前の人物の言葉なのだから茶の湯成立以前である。

そして、「万の事も、始め・終りこそをかしけれ。男女の情も、ひとへに逢ひ見るをば言ふものかは。逢はで止みにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜を独り明し、遠き雲井を思ひやり、浅茅が宿に昔を偲ぶこそ、色好むとは言はめ。」となると、さすがに隠棲した人の美意識であると納得しつつ、確かに携帯電話でいつでもダイレクトに彼氏・彼女と繋がる現在の恋人達が電話もなかった時代の恋愛より熱烈であるとは思えないものよなあと詠嘆するのであった。

あらぬ方向に行きそうなので戻ることにしよう。兼好の時代の常滑は、大物に特化していこうとする時期であった。世は南北朝の内乱期である。そして、その頃からすでに渋い作行きである。しかし、それを渋いと見るのは後の国焼茶陶の美を知っているからでもある。

長く平安・鎌倉の常滑など忘れ去られてきたのであった。その発見は昭和戦後のことだ。 侘び茶以前の渋い美を発見することは容易ではなかったであろう。そこには力強さだとか大胆で素朴な造形だといった言葉で飾られ、茶の湯の美とは異なる美として設定されたのであった。

その美は瞬く間に市民権を得て、現代の陶芸に平安鎌倉の美を復権させる試みも行われたのである。だが、その美についてまともに論じた言説に出くわしたことは、これまたないのである。

古常滑は天台宗の寺院ネットワークで仏教遺跡にもっぱら用いられ、そこに刻まれた刻印は修験道が邪気を祓う印に基づくものなのであるから、神聖な器として作られたものであるというような沢田由治先生の説などは、牽強付会としか言いようがない。贔屓の引き倒しになりかねないものだが、これで一代を通してこられた先生には別の面で敬服するのであった。

およそ美醜未分離の中から生れてきてものは渋い系の侘びたり寂びたりしたものが多いように思われてならない。美醜分離して美を志向した物は華やかで美しく豪華であって渋くはなりにくい。

西洋的な美の大半はこれであろうと思う。そして、日本の陶芸の多様性は、渋い系の美をうちに抱え込んだところに起因している。それはプリミティブ・アートに繋がるものであろうがプリミティブ・クラフトとは云いにくいほどに高度な洗練があるのだ。

「それは貧しい[下手]のものに過ぎない。奢る風情もなく、華やかな化粧もない。作る者も何を作るか、どうして出来るか、詳しくは知らないのだ。」「彼は何度も何度も同じ轆轤の上で、同じ形を廻しているのだ。さうして同じ模樣を画き同じ釉掛けを繰り返しているのだ。美が何であるか、窯芸とは何か、どうして彼にそんな事を知る智慧があらう。だが凡てを知らずとも、彼の手は速やかに動いている。」「陶工の手も既に彼の手ではなく、自然の手だと云ひ得るであらう。彼が美を工夫せずとも、自然が美を守ってくれる。」「自ずから器には美が湧いてくるのだ。」
あまりな民衆礼賛ながら知識人は、しばしば無知に弱く野生に憧れる。それを承知した上でなお、渋く燻し銀の美にはどこか野生の匂いがするのであった。