「芸術」批判(6)――まとめ
「芸術」批判の話のそもそものはじまりは、近代社会になって美が政治や経済や法から分離して(逆に言えば、政治や経済や法から美的判断が取り除かれて)、「芸術」あるいは「芸術家」という個別的な領域あるいは職業に封じ込められていったということだった。

そのことを批判として捉えるということは、意図としては、そのように細分化された事態をもう一度統合して、人間の精神活動の全体性を取り返していくということ、そのことを「美」という立場から考えていこうということである。

現代の工芸の意義を、僕としてはそういうところに設定したいと思っているし、そういうヴィジョンの中で「工芸」を捉えていくのでなければ、工芸の積極的な存在意義は見出せないと思っている。

そんなことは夢物語であるとか、現実を見据えない空理空論であるということになるのであれば、結局工芸は「結構なご趣味」とか、「金持ちの贅沢」とか「落ちこぼれの吹き溜まり」といった以上の意味を獲得することは決してあり得ないのである。


さて、精神活動の全体性を取り戻す(それは、現代の工芸的創作が目指すべき目標とも言えるが)とはどういうことを言うのかということについて考えてみたところ、次の3点は最低限必要な条件ではないかと思うのである。すなわち、


1.
時空間の認識がきちんとなされていること。時間に関しては言うところの「歴史認識」であり、空間に関しては「奥行き」感覚の取り戻しである。ところがそういった「歴史認識」も「奥行き認識」も、少なくとも現状の「日本人」は急速に放棄しつつあるように僕には感じられる。これが現在の僕の危機意識を醸成している。


2.
量に置き換えることのできない「冨」の概念を見出すこと。言い換えれば、貨幣は富を形成する手段として要請されるメディアではあっても、その量は冨の量を表すのではない、という認識を確定すること。 美の全体性を取り戻すこと。そのためには、美的主体の在り処を明確にしておく必要がある。すなわち、それは国家なのか、民衆なのか、個人なのか、である。ここで、個人の場合は国家か民衆かのいずれかに自らの立脚点を求めるのである。民衆の側に求めることを「民の一人であるラディカリズム」と呼ぶということは前回に書いた。


「歴史意識」ということで若干補足的なことを書いておくと、昨年9月19日付の朝日新聞に、当HP主宰の東日出夫氏が敬愛している吉本隆明さんがこんなことを言っている。

「歴史意識」ということで若干補足的なことを書いておくと、今年9月19日付の朝日新聞に、当HP主宰の東日出夫氏が敬愛している吉本隆明さんがこんなことを言っている。

人類の歴史には、政治や社会にまつわる問題が属する「大きな歴史」と、個々人の身体や精神の問題を扱う「小さな歴史」がある。そして「超人間」(老人のこと)を含めた小さな歴史のなかに人類史の問題が全部含まれている。大きな歴史だけを「歴史」と考えるのは不十分だ。」(漂流する風景の中で 『現代の「老い」』)

個人個人の生を彩るどんな些細な事柄でも、各々にその出生と由来がある以上は各々の歴史があるのであり、その淵源を探っていけば「人類史(または生物史)の問題」に必ず出会っていくのである。

個人の歴史のなかに「人類史(または生物史)の問題が全部含まれている」というのはそういうことであって、どんな「小さな歴史」であってもそれを深く自覚的に生きようとするならば、それは人類史(または生物史)を生きることと同じことになるのである。
 
そのことを「歴史認識を持つ」と言う。

このことはものづくりを志す人間には必要不可欠であると僕は思う。自分はいまどう生きているのか、を語ることこそがものを作るということに他ならないと考えたい。