網野善彦著:『「日本」とは何か』を読んで 11月15日    

 「目から鱗が落ちる」とは、まさにこのことを言うのか……。 何年かに一度名著に出会うが、今回紹介したい網野善彦著『「日本」とは何か』(講談社)もその一冊にあげられる。  

 この著作の底流に流れる思想は、これまでの歴史の中で正当な評価を得てこなかった人々を「女性・老人・子供・被差別民」というくくりで述べている。僕らはここで、このくくりが、フェミニズムの切り口から見えてくる枠組みとぴったりと重なることを知る。  

 フェミニズムは、女性問題から発してやがてハンディーを背負わされたマイノリティー全般へと波及するといったダイナミズムを宿している。網野氏は、このようなコンテンポラリーな思潮であるフェミニズムをも包括する視座で歴史を再検討しており、なかでも被差別民として朝鮮半島からの帰化人と日本との深い関わりに関しての記述は、僕らの想像を超えて既成の日本史を根底から覆すものだ。
 氏の指摘によると、日本に生活圏を築いた朝鮮の人々は、7世紀までの約千年間に最大百二十万人以上の移住があったとの資料を紹介している。   
                                        (網野善彦著『「日本」とは何か』 )                     (中国大陸から見た日本地図)

 「島国 」、「単一民族、単一国家」、「瑞穂の国日本」など、僕らの無意識にまで降りている既成の事実?は、まさしく”神話”に過ぎないという指摘は、僕らが無意識に朝鮮人(無論、在日と呼ばれる韓国人を含む)を差別してきて、現在もなお差別していることを意味する。
 今から25年前、僕が鎌倉彫の世界に身を投じていろいろな資料を読みあさっていた修業時代、職場の棚にあった美術全集の中に白鳳・飛鳥の仏教美術の紹介があり、当時、特に魅せられたものが薬師寺金堂の薬師三尊だった。全集を読み進んでいったところ、日本の美術の代表として紹介されているこの仏像は、像内に収納されていた書類に当時の工人名が記載されており、それによると制作の中心的立場に朝鮮からの帰化人を表す「別所」等の姓が多く記されているとあった。この資料から白鳳・飛鳥の美術が、日本人というより朝鮮人が造った文化であることを知り、何か複雑な気持ちになったことを今でもハッキリと覚えている。
                          

 (薬師三尊像)

  職業柄、美術史を通して様々な世界史の流れを学習してきたが、今までの歴史記述を鵜呑みにしてきた僕にとって、朝鮮からの帰化人の日本美術への深い影響力は、「日本」という国家幻想を持っていた僕にとって、喉にひっかかった魚の骨のように自分の中で傷となって残ってきた。
 
 いつの世も歴史の記述は、時の権力者が自分の視座で都合のいい事実を拾って構成される物語であった。それを踏まえて、網野氏の今回の著作が歴史の表舞台に出ず、正当な評価を得てこなかった人々に目を向けさせることにより、僕らが、豊で伸びやかな歴史観を獲得するきっかけになる予感を強く持てた。
 
 網野善彦著『「日本」とは何か』は、久しぶりに失った大切なものを取り戻した時のような、とても幸せな気分で満たしてくれる名著と言える。是非、皆さんに推薦したい。 

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